滝岡総合病院の愉快な仲間達 「First Contact」
TSUKASA・T
First Contact 1 プロローグ
滝岡総合病院。
眩しい日射しの中、関係者用の裏口へタクシーが入っていく。
「ありがとうございました」
丁寧にいって、タクシーを降りようとして。
神尾の足がふらりとよろめいた。
アスファルトに乗っているはずの靴底がいかにも頼りない。
…――どう、したんだろうか?
飛行機を乗り継いできて疲れが溜まっているのか。それとも?
思いながら、額を指先で押さえて目眩を堪えていた。
おかしいな、…体調は、―――…。
いえ、確かに体調が良い訳はないんですけど、…。
「…―――ここは、…?」
どうして?とふいに思った。
自分はどうして、此処にいるのだろうか?
青空に白い雲がなびく。
風の吹く良い日射しの一日だ。
……―――違和感が、…。
…僕はどうして、此処に、なぜ、…?
眉をしかめて、何かを思い出すようにする。
しかし、その違和感と揺れるような身体の感覚はあっさりとその声に上書きされていた。
「お待ちしていましたよ、神尾先生。初めまして、ぼく、この病院の院長をしております橿原と申します。遠い処から、良くきてくださいましたね」
長身が印象的だ。初老だろうか、白髪にグレイの髪が印象的な面長な人物。杉綾の灰色が落ち着いた色彩のオーダーメイドだろうスーツを着た人物が、にこやかにあいさつして手を差し出してくるのに。
「…はい、はじめまして、―――」
神尾は、その手を握り返した瞬間、何かが。
何かが、しっかりとつながれたような気がした。
浮いているようだった靴底が、はじめて地に着いたとでもいうような感覚が。
不思議な微笑みを乗せて、橿原が神尾を見返す。まなざしでしっかりとつかまえるように。
「神尾先生。あらためまして、滝岡総合病院にようこそ。ぜひ、この病院に勤務することを決めていただければと思いますよ。これまで、海外にずっといらしたんですよね?」
「…あ、はい。マラリアの実地調査を先日まで」
答えながら、そうだった、帰国してからの勤務先を探しているときに、誘いを受けたのだった、と。
どうして忘れていたんだろう?
いや、忘れていたわけではなかったのか。
勤務先と契約する前に施設を事前見学する為、今日、神尾は
此処へ来ることになっていた、…のだと思う。
「WHOの調査ですね。難民キャンプでは、やはり衛生状態を維持するのは難しい問題ですか?」
「おっしゃる通りです、―――」
基礎的な衛生環境を整えることさえ難しい難民キャンプの状況では、初歩的な対応ができずに感染症が簡単に広がる。衛生環境の整った国では想像もできない基礎的な感染症が致命的になりうる。
そうしたことを話ながら、日射しを遮る雨よけが日陰を作るエントランスの通路を歩く。
関係者用の出入口まで橿原に案内されて。
警備に橿原がパスをみせて、神尾の顔を正面からカメラが捉えて記録する。
「これで、保存されましたから、いまカードを作ってお渡ししますね。今回の資格はゲスト・パスですけど、後で資格の書き換えをすればこのまま今後も使用できますよ」
「すごいですね、…。あ、ありがとうございます。橿原さん」
首からかけるゲスト・パスが顔写真入りですぐに作成されるのに神尾が感心して、橿原から受け取る。
その神尾を隣りに、橿原が廊下の奥から現れた人物に軽く手をあげて微笑む。
「事務長さん。こちらが、神尾先生です。ご案内してさしあげてください」
「おまたせしました」
「神尾先生、こちらが当病院の事務長です。事務長、こちらが神尾先生。失礼のないように、ご案内してね?」
「あ、いえ、…そんな、失礼とか、――神尾です、よろしくお願いします」
神尾が橿原に紹介されて頭をさげる。向き合って、事務長も頭を下げる。
「こちらこそ、大変お待たせしました。少しばかり、立込んでおりまして。院長、すみません。御対応をお願いしてしまって」
「いえ、構いませんよ。丁度手があいておりましたしね。それに、ぼくも神尾先生にお会いしたかったものですから。ぼくが招聘した先生ですからね。大事に扱ってくださいよ?」
「勿論です!院長!」
元気の良い事務長に神尾があわてる。
「…あの、大事とか、そんなことは、その、…」
にこやかに釘をさす橿原に事務長が返すのに、却って恐縮して困る神尾。
「そうですね」
にっこりと、橿原がひとつうなずいて、神尾の手首をもう一度両手でしっかりと握る。
「…え、あの?」
戸惑う神尾に、橿原がにこやかにいう。
「…神尾先生は、どうやらぼくの見込んだとおりの先生のようです。是非、こちらで末永くすごしていただければと存じますよ」
「…あ、はい、―――その?」
しっかりと橿原の両手にあらためて手首あたりを握られたあとに、何か。
何かに結びつけられたような。
さらに、足が地についたような気がした。
しっかりとつながれなおした、感覚が。
「…―――――?」
神尾が視線をあらためてやったとき、既に橿原の長身の背は、廊下の角を曲がり消える処だった。
「…―――」
いつのまに、あんな遠くに?
茫然と見送る神尾に、事務長がうながす。
「さ、この病院の設備をご案内いたしますので」
「ああ、…はい、よろしくお願いします」
そう、今日はこれからこの滝岡総合病院を案内してもらうことになっている。
事務長の少し後を歩きながら、ぼんやりと神尾は考える。
…確か、そうだ。…――
あらためて思い出す。
現地調査も終わり、難民キャンプの環境改善と医療活動も区切りがついて一度日本へ戻ろうかと考えていて。
それで、―――。
日本での就職に関して、どこか伝手を辿ろうかと考えていた、…はずだ。海外勤務に一区切りをつけて、これから所属も――丁度、派遣されていたプロジェクトが区切り良く終わったのも、そう考えた理由のひとつだった。…
いずれにしても、一度、日本に戻って仕事をしようと考えていた神尾のもとへ、丁度、滝岡総合病院の橿原院長から日本で働きませんか、という話がきたのだった、―――――。
でしたよね、…?
時差ボケかもしれませんね、…。
どうして、此処へ来ることを選択したのかが、はっきりと思い出せない、ような、…。
「―――…ええと、…」
廊下にぼんやりと立って、なぜ、自分は此処にいるんだろう、と、…。
「神尾先生?」
「いえ、…あ、はい。すみません、」
あわてて、通路の先で待つ事務長のもとへ急ぐ。
「…おまたせしました」
「いえいえ、それでは、まず見取り図をみて頂きたいと思うのですが――」
病院の全体をご紹介しますね、と事務長が張り切っていうのを聞きながら。
神尾は滝岡総合病院を案内されていく。
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