36.新たな力の目覚め

精霊たちとのパーティを開催した数日後、セイルはいつもの様に水晶球から世界を眺めていた。彼の視線の先には、広大な草原を疾走する群れが映っている。群れの主役は、グリマーウルフという名の銀色に輝く毛並みを持ち、草原の魔力を吸収して活動する生物だ。彼らは群れの中で秩序を保ち、年老いた個体や幼い子を守りながら移動していた。


水晶球を通じて彼らを観察していたセイルは、ふと奇妙な感覚に襲われた。

それは言葉にならない感覚――まるで目に見えない糸が彼とグリマーウルフを結びつけるような……そんな不思議な感覚にセイルは戸惑っていた。


「……なんだ、これ?」


気になったセイルは、水晶球に手を触れてみた。すると、突然目の前が真っ暗になり、次の瞬間には彼の視界は一変していた。

そして、セイルは風を感じていた。しかしそれは普段、自身の体で感じるようなものではなく、まるで別の誰かの感覚を借りているかの様だった。視界には広がる草原と、風に揺れる草花。そして群れの中を駆ける他のグリマーウルフたちの姿が見えている。


「これは……グリマーウルフの記憶?」


セイルは自分がグリマーウルフの記憶を覗いていることを、何故か自然に理解することができた。その視点で見る世界は新鮮だった。風の匂い、仲間たちの存在を感じる安心感、そして遠くの天敵の気配を敏感に察知する緊張感――すべてが鮮やかで、生々しかった。


群れの中では、年老いたリーダーが先頭を走り、若い個体たちがその周囲を守るように動いている。弱い者を群れ全体で支え合いながら進むその姿に、セイルは胸が熱くなった。


その時、視界の端に天高く舞う影が映った。空を横切る巨大な鳥「スカイハンター」だ。鋭い鳴き声が響き、群れ全体が一瞬で緊張感に包まれる。グリマーウルフたちは自然と防御陣形をとり、リーダーが低い声で仲間に指示を出している。リーダーの落ち着いた指示と群れの連携のおかげで、スカイハンターは狙いを定められず、そのまま去っていった。


「これが……彼らの生きる世界……」


セイルは感動と驚きの中でその記憶を体験し続けた。


しばらくの間、そんなグリマーウルフの記憶を辿っていると、突然視界が再び暗転し、セイルは水晶球の前に戻っていた。現実の感覚に戻ると、彼はしばらくぼんやりとその場に立ち尽くしていた。


「セイル?何かあったの?」


呼ばれた声に振り向くと、セイルの様子に気づいたリーネが近づいて来ていた。


「リーネ……俺、今グリマーウルフたちの記憶に触れてたんだ。まるで俺自身がグリマーウルフの様に草原を駆けていた。彼らが何を考え、どう感じているのかが、伝わってきたんだよ。」


リーネは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。


「それは『記憶の共鳴』よ。神が世界に深く関わるようになると、発現する能力の一つね。あなたが神として成長している証拠だわ。」


「これも神の力ってことか。どおりで自然と受け入れられたわけだ。でも、これって良いことなのか?最初は新鮮だったけど、人間じゃなくてもなんか誰かの心を覗き見るのって悪い気がするんだが……。」


「そう感じるのも無理はないわね。けれど、神としては必要な力よ。記憶に触れることで、生物たちがどう生きているのかを学べば、世界をより良くするための新しい視点が得られるでしょう?」


リーネは静かに水晶球に触れながら続けた。


「ただ、その力は便利なだけじゃない。触れた記憶が重すぎたり、共鳴が強すぎると、あなたの心にまで影響を与えることがあるわ。だから、使い時は慎重に選びなさい。」


セイルはリーネの言葉に頷きながらも疑問を返した。


「分かった。でも、さっきは水晶球に触れたら勝手に記憶を覗いてしまったんだ。この力はどうやって制御すればいいんだ?」


「『記憶の共鳴』は対象に意識を集中しながら触れるようにすれば発動できるわ。勝手に覗いてしまったのは、初めてのことで無意識にグリマーウルフに意識を繋いでしまったのでしょう。今後は意識して制御できるはずよ。」


言われてみれば確かに記憶を覗く直前にそんな感覚を感じていた。

今後は大丈夫というリーネの言葉にセイルはほっと息を吐いた。


セイルはその後も水晶球を通じて、グリマーウルフたちの行動を観察していた。彼らが群れで生きるための連携、仲間を守ろうとする本能、そして困難を乗り越えたときの達成感――それらは、彼が想像していたよりもはるかに豊かで、意味のあるものだった。


(彼らの中で俺が作った世界は、ただの背景なんかじゃない。この世界そのものが、彼らの生きる舞台になっている。それを実感することができた。)


リーネの助言を思い出しながら、セイルはその力の意味をかみしめた。自分の創造した生物たちが、単に生きるためだけでなく、互いに支え合いながら困難を乗り越える姿に触れることで、セイル自身もまた新しい視点を得ていた。


記憶の共鳴という新たな力は、セイルにとって世界をより深く知るための窓だった。しかし、それと同時に、世界の生物たちが直面する困難や課題にどの程度干渉すべきかという新たな課題をもたらしていた。


「俺が記憶に触れることで、彼らがどんな世界で生きているのかをもっと知ることができる。だけど、彼ら自身が試練を乗り越えて成長するのを、俺が邪魔しちゃいけない」


リーネがその横で小さく微笑んだ。


「その通りよ、セイル。でもね、あなたが彼らの記憶に触れることで見つけた気づきは、彼らが歩む未来を照らす小さな光になるわ。」


セイルは水晶球を静かに見つめた。その中には、グリマーウルフたちが仲間と共に草原を駆け抜ける姿が映っている。


「ありがとう、リーネ。俺はこの力を使って、この世界に生きる皆がより良い未来を選べるように見守っていくよ」


こうしてセイルは、新たな能力と向き合いながら、自らの役割を再確認していく。記憶の共鳴を通じて得た世界の真実は、彼にとっても、また生物たちにとっても、新しい希望をもたらすものとなった。

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