28.逆さまの大地
フィエナがセイルの世界に加わってから、すでに数ヶ月が経っていた。彼女はその間に新しい環境や生物の調整方法を学び、驚くべき速さで成長していた。
「フィエナは本当に頼もしいな。」
セイルはフィエナがまとめた調整報告を手に取りながら、素直に感謝の意を伝えた。報告書には、各地域での環境変化や生物たちの動きが細かく記載されており、改善策まで提案されている。
「ありがとうございます、セイル様。でも、これもあなたの教えがあったからです。」
フィエナは控えめに笑いながら、セイルの言葉に応えた。
薄暮の空が広がるセイルの居住区。セイルはフィエナに調整を任せるようになってから、新たな創造に集中できる時間が増えた。その日もデスクの上には、様々な素材やアイデアをメモした紙片が散らばっている。
「う~ん……」
「どうしたの、セイル?」
考えに耽るセイルのところへリーネがふわりと現れ、彼の背後から声をかけた。
「いや、フィエナのおかげで余裕ができたから、新しい創造のアイデアを考えてたんだけど、なかなか良い案が浮かばなくてさ」
セイルはデスクに広げたメモを手に取り、少し苦笑しながら答える。
リーネもそれらのメモを一通り見てから感想を述べた。
「確かに、どれもパッとしない感じね。」
「だろう?前に見に行ったアイザックの世界みたいに、一目で凄さが伝わる様なインパクトのあることがしたいんだけどなぁ。」
そんなセイルの発言に、リーネは苦笑しつつも否定的な意見を返した。
「彼の世界は根底となる大地から既にデザインが違うもの。流石に今のあなたの世界にそのレベルの改変を加えるのはお勧めしないわ。」
「それも分かってはいるんだ。ただ、それを考慮して小さい規模で考えるとな……」
軽く落ち込みを見せるセイルに、リーネは一つのヒントを与えた。
「すべては無理でも部分的に変えることならできるんじゃないかしら?」
「部分的に?つまり特定の地域だけに変化を加えるってことか。……うん。それならできるかもしれない。ありがとう、リーネ。ちょっと試してくる!」
そう言うなりセイルは外に飛び出して行った。
「良い調子ね。フィエナを呼んだ甲斐があったわ」
リーネは、セイルの後ろ姿を見つめながらそう呟いた。
「フィエナ、ちょっといいか?」
「セイル様?はい、なんでしょうか?」
走ってきたセイルに対して、フィエナが少し驚きながらそう問い返した。
「世界に少し大きめの変化を加えようと思うんだけど、変わっても周囲に影響が少ない地域ってないかな?」
そう言って、セイルは自分が考えているアイデアをフィエナに伝え、相談してみた。フィエナは聞いた内容から適切な地域を検討すると、一番適切と思える場所をセイルに答えた。
「それならば、この辺りが良いと思います。現在は複雑な地形で生物も少ない地域なので、範囲を広げすぎなければ周囲への影響も抑えられると思います。」
「……ほんとだ。こんな地域をすぐに上げられるなんて流石だな。フィエナに聞いて正解だったよ。」
「セイル様をサポートするのが私の役目ですから。当然のことをしたまでです。私もセイル様の環境変化に合わせて、周辺の調整を行いますね。」
そう言ってフィエナは彼の隣に並んだ。
「ありがとう。頼んだ。」
セイルは自分の中に浮かんだアイデアを形にするため、集中力を高めた。彼が考えたのは重力を変化させることだった。重力が軽くなる地域、逆に強くなる地域、さらには重力が逆転する特殊な地域を生み出そうと考えたのだ。
水晶球の中で、彼のイメージが現実化していく。軽くなった重力により、巨大な岩が宙に浮かび始め、漂う島々を作り出す。一方で、重力が強くなった場所では谷がさらに深く沈み込む。そして、重力が逆転するエリアでは、逆さまの大地が形成され、上と下の概念がひっくり返った異様な風景が広がった。
「うん。良い感じだ。でも、せっかくできた地域に何もいないのは寂しいよな。よし!この辺には重力の変化に適応できる生物を生み出してみよう。」
セイルは試しにその地域にいくつかの生物を誕生させ、その動向を見守ることにした。しばらくするとそのエリアでは、彼が予想もしなかった生態系が誕生し始めた。空中に根を伸ばして逆さまに育つ植物、空中を泳ぐように移動する生物たち。その中でも特に興味深かったのは「ラミール」と名付けた生物だった。
ラミールは逆さまの大地の裏面に吸着して移動し、足の裏には無数の小さな吸盤が並んでいた。この吸盤は、逆転した重力に適応して獲物をしっかりと捕えるために進化したものだった。また、ラミールの体内には特殊な浮遊器官があり、必要に応じて一時的に宙を漂うことができた。
セイルは水晶球を見つめながら、ラミールの動きを追っていた。
「すごいな…重力を操作しただけで、ここまで独自の生態系が生まれるなんて。」
彼の顔には久しぶりに満足そうな笑みが浮かんだ。
だが、創造の喜びもつかの間、一つの問題が浮上していた。重力の異なる地域を誕生させたことで、それに応じた調整が必要になる。特に重力が変化するエリアは複雑で、自然災害や生態系の不均衡が起こりやすかった。
幸いにもフィエナが同時に周辺への調整を行ってくれていたおかげで、大きな問題には発展していなかったが、この地域を安定させるのはなかなか大変な作業となっていた。
そんなある日、セイルはフィエナからある提案を持ち掛けられた。
「セイル様、この地域を安定させるには、精霊たちの協力が必要だと思います。それぞれの得意分野を活かせば、この環境も安定化するのではないでしょうか?」
フィエナの言葉に、セイルは少し考え込んだ。
「確かに、それは理にかなっているな。それじゃ、精霊たちにも集まって貰って相談してみるか。」
フィエナは微笑みながら答えた。
「はい。具体的な調整案については私に任せて下さい!」
セイルは彼女の真剣な表情を見つめ、ゆっくりとうなずいた。
「あぁ。頼りにしてるよ。」
そうして重力変動エリアの安定化に向けて、精霊たちも動き出した。アルディアは重力変化が引き起こす地形の不安定さを緩和し、エアレットは乱れた空気の流れを整え、周囲の気候を安定させた。アリエルは、エリア内の川や湖の流れを調整し、生物たちの生活環境を守る役割を担っていた。
さらにフィエナの提案で、このエリアに独自の天候パターンが追加された。雨が上からだけでなく、逆さまの大地にも降り注ぐように調整されたのだ。これにより逆さまの大地にも水の流れが生まれ、エリア全体の生態系を安定させた。
それぞれの精霊が自分の役割に取り組む様子を、セイルは水晶球越しに見守っていた。重力変動エリアが少しずつ安定し、新たな生命の営みが調和を取り戻していく様子は、彼にとっても新鮮だった。
「やっぱり、この世界は皆の力あってこそだな。俺一人じゃ創ることはできてもこんな風に安定させるのは不可能だ。」
セイルは改めてフィエナや精霊たちに感謝しながら、水晶球の中に広がる世界を眺めていた。
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