サイボーグ

 ボクの彼女は無口だ。

 家に居ても、出かけていても、彼女から話しかけてくることはめったにない。いつもボクの方から話しかけては、彼女はその細く白い首を小さく振って返事の代わりにする。


 ボクの彼女は無表情だ。

 切れ長の眉にビー玉のような目。やや赤みかかった頬と薄い唇。人形のように現実離れしたその美しい表情は決して崩れることなく、彼女に会った人間は皆、一度はその美しさにため息を漏らし、二度目以降はあまりに変わらないその表情に恐怖を覚えるようだ。


 ボクの彼女は無気力だ。

 初めて出会ったその日には、まるで自分が望んでこの世に生まれ落ちたわけではないとすべてを投げ捨てたような態度でボクを憐れむようにじっと見つめてきた。今でも、食事はボクが気をつけていないとすぐに偏ったものになり、衣服も判を押したように同じような白いシャツしか着ない。


 それでも、


 彼女はおしゃべりしてはくれないが、ボクとデートをするときには心拍数が平均で1分間に約21回上昇することをボクは知っている。

 彼女の感情が顔に出ることはないが、ボクが手を握ると、やや赤みかかった頬がいつもよりもわずかにその赤みを増すことをボクは知っている。

 彼女は初めて出会ったときよりも、わずかに食事の量が増え、体重が2.4キログラム増加したことをボクは知っている。

 ボクは彼女のことはなんだって知っている。嬉しさも悲しさも喜びも怒りも、すべてのことをボクは記録することができる。

 彼女からメールが届いた。明日のデートの時間と待ち合わせ場所の確認といった内容だった。メールの文面も彼女らしくそっけない。しかし、彼女がこのメールを打つことに1時間24分36秒葛藤したことをボクは知っている。

 とにかく明日のデートが楽しみだ。ボクは頭の中で組み立てた「完璧な」デートプランをもう一度思い返した。彼女の行動の一挙手一投足まで織り込んだ、文字通り完璧な代物だ。

 ボクの体から無機質なアラーム音が響く。ああ、もうそんな時間か。ボクは右足のかかとからコンセントを引き出すと充電を開始した。ボクのような旧型はこうやって一週間に一度の充電が必須なのである。

 ボクは目を閉じた。瞼の裏に彼女の姿を投影すると、ゆっくりとスリープモードに入った。

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