伝説のラクーンハンター
四季オリオーリ・オーリオ
プロローグ
青年は猛っていた。
この国のアライグマのよる被害は年々悪化している。外来種のアライグマが国内で増殖し、田畑は荒らされ、街は荒廃した。あげくアライグマに噛まれた人間が狂犬病により死亡するケースが爆増している。
青年は憎きアライグマを皆殺しにするべく、アライグマ駆除会社に就職したのだ。そして今日は初の現場同行の日である。青年は1人、現場に車で向かった。現場である山林に着き、車から降りると男が1人立っていた。使い込まれたテンガロンハットにウェスタンジャケットを身につけた、まるで西部劇の保安官のような佇まい。身長が高く、頬が角張った初老の男は、狼のような鋭い眼差しで山林を見つめタバコを吹かしている。
「あんたが伝説のラクーンハンターか」
青年が話しかけても男は無反応のまま山林を見つめ続ける。その視線はもうすでに獲物を捉えているように見えた。
「行くぞ」
しばらくの沈黙の後、男は唐突に山林の方に歩き出した。獣道とも言えない木々の間を縫うように、不安定な斜面を踏みしめながら歩き続ける。
驚くことに、青年が枝葉や泥に足を取られぎごちなく歩く一方で、男は足音すら立てず進んでゆく。その足取りに一切の迷いはない。
「待て」
男が片手をあげて青年を制止する。その視線の先には1匹のアライグマの姿が。鹿の死肉を齧っているようだ。
「お前が撃て」
男が青年に命じた。青年は震える手でホルスターから会社支給の自動拳銃を抜く。チャンバーに弾が装填されていることを確認するとアライグマに狙いを定める。射撃訓練で何度もやってきた動作だ。
フロントサイトがアライグマの眉間に一致した時、青年が引き金を引き、銃声が山林に響いた。青年の拳銃から飛び出した9mm弾はアライグマの肩口を擦り、驚いたアライグマは山林の奥に逃げていった。
「逃がさないぞ!」
「待て!」
青年は男の制止振り切って、アライグマを追い山林の奥に走り出した。青年は焦っていた。ここで逃したアライグマによってまた誰かの命が奪われたら、それは自分の責任だ。
木々を掻き分け一目散にアライグマを追いかけた。そして崖際にアライグマを追い詰めた。
「この距離なら外さないぞ」
改めて青年はアライグマに狙いを定める。アライグマは命乞いをするように両前足を擦り合わせ、青年に赦しをこう。アライグマの愛嬌に青年の心は揺れた。その躊躇いをアライグマは見逃さず、青年に飛びつこうとした。
「!?」
完全に不意をつかれた青年は尻餅をつく。絶対絶滅である。
青年が死を覚悟した瞬間、後方から銃声が響き、アライグマの眉間が真っ赤に弾けた。青年が驚いて後ろを振り返ると、男が腰だめに構えたリボルバーの銃口から硝煙が揺らいでいた。
男は尻餅をついて動けなくなった青年に目もくれず、殺したアライグマの死体を袋に詰めた。その動作は今しがた駆除した害獣を片付けるような雑な動きではなく、まるで戦友の遺体を弔うような厳かさがあった。そして男はやっと青年の手を取り、起き上がらせ、青年の目を見てこう言った。
「奴らが哀れに思うなら、ひと思いにやれ」
青年はこの時、この男に師事することを心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます