お願い! 帰ってください!

崔 梨遙(再)

1話完結:1900字

 僕が最初の会社にいた時の話。20代の前半、僕は愛子という女性と婚約していた。この婚約と結婚に関しては後悔しかない。詳しくは別の作品に書いているが、とにかく婚約をしていた。転勤してみたら、魅力的な女性が沢山いて、明らかに“結婚を焦って失敗したな”と思っていた。婚約者は料理が下手で毎晩ヒステリーを起こし、更にはヒステリーの勢いに任せて物を投げてくる女性だった。至近距離で、額に茶碗をぶつけられたこともある。婚約破棄したい婚約者だったが、それでも、婚約者は婚約者だ。僕は他の女性に手を出すことも無く過ごしていた。



 或る飲み会の時のこと。その日は、女性が多かった。そこで、二十歳の女の娘(こ)が女性陣から集中砲火を浴びていた。要するに、その二十歳の女の娘が女性陣から嫌われていただけだ。嫌われ者は、小柄で小太り、顔に特徴のある女の娘。あだ名は“ブー”だった。


 僕は普段、ブーを可愛がってるわけではない。比較的、話をする方だが(僕はこの時、基本的に女性とあまり話さなかった)、それだけだ。だが、目の前で集中砲火を浴びせる姿、浴びる姿を見ているのは気分が悪かった。だから、一発! 破壊力のある下ネタをぶっ放して強引に話題を変えた。ブーを庇う形になった。別に、それがブーじゃなくても、他の女の娘だったとしても同じことをしていただろう。


 飲み会が終わって、車で寮(ワンルームマンション)に戻ると(僕は酒を飲んでいなかった)、なんとブーの車が寮までついてきた。しかも、車から降りて2階の僕の部屋までついてきた。


「どないしたん? 帰らなくてもええの?」

「ちょっと、お邪魔してもいいですか?」


 ここで、ハッキリ“アカン”と言えなかったのは、僕の失敗だろう。コーヒーの1杯でも飲んだら帰ると思ったのだ。軽く考えていた。


「一応、独身寮は女人禁制やからな、コーヒー飲んだら帰った方がええで」

「わかりました」


 僕の部屋で、コーヒーを淹れて差し出すと、いきなりブーの一人語りが始まった。要するに、今日、自分に集中砲火を浴びせた女性陣に対する不満、愚痴だった。しかし、女性の付き合いは難しそうでわからないが、集中砲火を浴びせていた方は多数派で、多分、それが一般論、世論なのだと思う。僕はブーの話を黙って聞いていたが、ブーにも悪い所が多々あるのだろうと思いながら聞いていた。途中から面倒臭くなって、聞いているフリをして聞き流していた。


 僕は、部屋の中で対角線上にブーを座らせていた。TVの前の座椅子、部屋の隅にブーを座らせ、僕は対角線上、部屋の隅、ベッドの上。要するに、可能な限り距離をとっていたのだ。僕はベッドの上、部屋の隅で枕を抱き締めていた。


 時々、ブーの話が止まる時が怖かった。“僕、襲われたらどうしよう?”僕は恐怖に震えた。時々、“今なら抱けそう”な雰囲気をかもしだしているように思えた。“おいおい、僕、婚約してるから無理! いや、相手がブーなら婚約してなくても無理なんだけど”と思いつつ、僕は身構えていた。


 そんな、“一人語り”と“抱けそうな雰囲気”を交互に使い分けながら、ブーは長く僕の部屋にいた。僕はずっと、心の中で“ごめん、早く帰って!”と思っていた。そして朝方、空が明るくなり始めた頃、ようやくブーは帰ってくれた。良かった、僕は操を守り通すことが出来たのだ。それは、金曜日の夜のことだった。


 月曜、同じ独身寮の先輩に挨拶をしたら、


「崔、お前、ブーを抱いたやろ?」


と言われてしまった。朝方までブーの車があったのだ。誤解されることもあるのか?   だが、相手はブーだぞ! その噂は勘弁してほしい。どうせなら、かわいい女の娘と噂になりたい。


「抱くわけないじゃないですか、相手はブーですよ。愚痴を聞いただけです」

「はいはい、ほな、そういうことにしといたるわ」


 “信じてもらえてねー!”


 僕は噂されるのにしばらく耐えた。唯一救いだったのは、ブーと仲の良い沙那子から、


「ブーを庇ってくれたんやね? 流石、崔君。私は崔君のそういう所が好きやで」


と言ってもらえたことだ。僕は沙那子のことを気に入っていたので嬉しかった。でも、ご褒美はそれだけだった。“崔はブーを抱いた!”という噂が消えて無くなるまで、僕はおとなしく控え目に過ごさなければならなかった。


 それでも、ブーは言っていた。


「私は噂されても平気ですよ」


“いやいや、僕が平気じゃないんだよー!”


 中途半端に女の娘を助けるんじゃなかったと後悔したというお話でした。







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