安倍家の末裔

雨宮雨彦

安倍家の末裔


 晴子には悩みがあった。

 登校するため毎日駅へ行くが、自動改札機を通るたびにトラブルが起こるのだ。

 季節は新学期。

 購入したばかりの定期券なのに、『これは期限切れだ』とブザーを鳴らし、ゲートをバタンと閉じられてしまう。

 まるでキセル乗車でもしたかのようで、まわりの視線が恥ずかしいこと。

 では駅員はなんと言うか。

 それが駅員も首をかしげるのだ。

 定期券に異常はなく、念のためにもう1枚新しく作り直してくれたが、晴子がそれを自動改札機に入れると、またブザーがブー。

「自動改札機の故障だろうか?」

 と駅員はつぶやくが、その間も他の乗客たちは改札機をすいすい通り抜けて行く。

「これは改札機の異常ではないな」

 さらにもう一度、定期券を作り直しても結果は同じ。

 晴子はどうしても自動改札機を通り抜けることができなかった。

 だがこの時、晴子は感じたのだ。

「おかしい。この自動改札機は獣のような匂いがする」

 良いにつけ悪いにつけ、晴子は行動力のある娘だった。

 申し訳なさそうな駅員をしりめに駅を出て、やってきたばかりの道を後戻りしたのだ。

 目指すはスーパーマーケット。

「油揚げはどこにありますか?」

 制服姿の女子高生にきかれ、店員は目を白黒させたが、売り場に案内してくれた。

 晴子は、さっそく薄い油揚げを一枚手に取る。

「チューブ入りのワサビはどこかしら?」

 というのが晴子の第2声だ。

『こんな朝早くから寿司でも作るのだろうか』

 と不審に思いつつも、店員は案内した。

 代金を支払うと、すぐさま店内で商品の封を切る晴子の行動に、店員はまたまた目を丸くした。

 薄い油揚げを2枚に裂き、晴子はその間にワサビをサンドイッチしたのだ。

 店員に気味悪がられているとも知らずニンマリと笑い、晴子は駅に戻った。

 目指すは例の改札機だ。

 目が合ったので先ほどの駅員に会釈をし、晴子は改札機へと前進した。

 そしてポケットから取り出したのは、定期券ではなかった。

 だが改札機は何も知らず、晴子が差し出したものをすっと飲み込んだ。

 晴子は再びニンマリと笑い、改札機の反応を待った。

 それは劇的だった。

 ゲートを閉じて晴子を閉じ込め、今回も派手にブザーをブーブー鳴らしたか?

 とんでもない。

 目を白黒させるかのようにランプを点滅させ、改札機がゲートをバタバタと激しく開閉するさまは、まるでのどをかきむしるかのようだ。

 しかし次の瞬間、自動改札機が突然立ち上がるのを目にしては、晴子も笑ってはいられず、恐ろしさを感じた。

 自動改札機とは意外に大きな機械だ。

 それがフラフラと歩き、鉄のボディーをヨロイのように脱ぎ捨てるのを、晴子は呆然と眺めたのだ。

 では自動改札機の中に潜んでいたのは何者か。

 キツネだったのだ。

 しかし口の中にワサビを入れられては、キツネもかなわない。

 ついにコーンコーンと悲しげに鳴き、9本ある尾を見せて逃げるのを見送ったのは駅員と晴子だ。

 感じ入り、ついに駅員は口を開いた。

「お嬢さん、もしやあなたは安倍というお名前ではありませんか?」

「あら、どうしてご存知? 安倍晴子といいます」

 駅員はうなずいた。

「ああ、それで…」

「私の一族は代々、名に『晴』という字を入れるならわしなのです。安倍晴明の末裔ですから」

「なるほど…」

「あのキツネはきっと、『玉藻の前』のカタキうちに来た子孫でしょうが、おかげさまで撃退できました。いつものことだから、私も気にしていませんが…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

安倍家の末裔 雨宮雨彦 @rain

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ