未来な悪夢
朝の気配がまだ遠い頃。荒くなった自分の呼吸と胸の痛みで意識を取り戻した。貴重な睡眠時間を少しでも無駄にしないために、瞼は開かないよう習慣づけている。
けれども目を閉じたままでいることですぐにまた夢の世界へと引き込まれそうになって、わずかな現実の理性との板挟み、というか引っ張り合いになる。
そうして狭間に嵌まり込んでいると、さっきまで「経験していた」悪夢がぐるぐると映像と感情を流し入れてきて、流れ落ちた涙の感触で今度こそ目を開く。
いつもならば壁に吊るされたスターチスを見て「全部夢だったんだ」と心の底から安心し、せめて少しでも楽しい夢が見られるようにともう一度眠る。幽霊が出てきたときだけは、毛布で全身を包みながら震えているけれど。
あるかもしれない「未来」だった。
ずっと抱えてきた言葉を、母に伝える夢。
どうしてあんなことを言ったの。どうしてあんなことをしたの。どうしてもっと早く「あなたが大切」と言ってくれなかったの。頭を撫でてくれなかったの。
本当は選びたかった。泣きたかった。そんなの欲しくなかった。自由になりたかった。嘘を吐きたくなかった。
産み育ててくれてありがとう。生まれてこられて本当に嬉しい。
例え過去のあなたが後悔しても。
長い時間をかけて傷を繕った。あの子達が無償で与えられたものを、私は自分のお金で手に入れた。それでも過去は変わらなかった。目を背けたままではいられないのだと思った。
友人が同じことをして、親を泣かせてしまったと聞いた。自嘲気味の笑みがなんとなく悲しそうに見えたから、私は踏み切れないでいた。
だからゆっくり考えた。私の過去は私の
もしも母に「私が間違っていたわ」「ごめんね」なんて言われてしまったら、私は『間違って』いる人間ということになる。バグみたいに。それは、困る。
自分にとって大事なことは、知ってもらうことだと思った。「私はこんなことを『過去』だと認識して生きてきたんだよ」と。責めるんじゃなくて、伝えたいと思った。「皆死んじゃうの」と泣いた子供の頃以来の、本当の私で母と話してみたいと思ったのだ。
何も言ってくれなかった。
顔も向けてくれなかった。
聞こえるのは私が必死で言葉を編む音と、母の持ったタブレットから出るゲームの音。私の声は、母がパズルのブロックを動かす音よりも小さくなって、そのうち何も出てこなくなった。
泣かれたほうがよかった。
怒られたほうがよかった。
否定されたほうがよかった。
私の「過去」が、私が、なかったことにされてしまう。
あなたが育てた私を見て。声を聞いて。何もなかったことにしないで。
私は、ここにいるよ。
それが夢だと分かったとき、安堵なんて欠片も浮かばなかった。私はあの痛みを、これからもう一度経験するかもしれないのだ。
次に会ったときも頭の上に載せられるであろう乾いた手にどんなことを言えばいいのか、今もまだ決められないでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます