窓にはホタル
高名なすの
プロローグ あの日見た光
ホタルは光が好きだった。光はいつも変わらずにそこにあり、そして何も言わない。何も主張しない。そんな光が好きだった。
中でも他人の家の窓から見える光が好きだった。寒色暖色、カーテンを通した色、圧倒的なまぶしさや光が消える瞬間のはかなさ。
生活が、住んでる人の人生が見えるような、そんな気がしていた。
光を見るため夕暮れに散歩に行くことも高校生のころにはもう珍しくもなかった。夜中ではなく夕暮れに出るのは点灯する瞬間を見ることができるからだ。街灯が、マンションの廊下が、コンビニはより一層明るさを増していく。そして、ある光を探していた。
第二次性徴真っ只中のあの日、ホタルは親の運転する車の後部座席に座っていた。首都高を走る窓の外に高層ビルの光と対向車が駆け抜けていく。白、青、橙、白、白、赤、青。23時過ぎの車内に流れるメロウな音楽がホタルの意識を夢へと引っ張るもたまに飛んでゆくラブホテルの恥ずかしいまでに大きな看板のビビットが現実に引き留めていた。
親の話し声も遠くなり、ビルの上の広告がついに私の意識から手を離しかけたころ、私はその光を見た。あれは高層マンションの一室からだったのか、対向車の車内だったのかは今となってはもうわからない。いや、その時だってわからなかった。ただその光はキラキラと輝き、それでいてまぶしくなくて、それでも主張していた。私はここにいるぞと誰かを待っているかのように、誰かを呼ぶように光り輝いていた。
ホタルは主張する光を知らなかった。ホタルにとって光はそこにあるものでしかないからだ。そこからはその光に強く惹かれるようになった。もしかしたらその光は夢の中の幻だったのかもしれない。真実は大学生のホームパーティーのミラーボールだったのかもしれない。そのような考えは全くもって持たなかった。絶対にあれは現実だと疑いもしなかった。
いま、ホタルは23になった。一人暮らしにもだいぶ慣れてきた。今だってその光のことは確かに覚えているが誰かに話すこともせず、いつのころからか夢だったと思うようになっていた。きっと直前に見た巨大広告のそれが脳にこびりついていたせいだと考えた。夕方に散歩に出ることもなくなった。たまに光に目を奪われることはあっても瞬間0.1秒にも満たなかった。
それでもホタルは幸せだった。それなりの企業にも入れたし何不自由ない生活を送ることができていた。友人にも恵まれていた。恋も、していた。
だが無意識の自分が恋しいのはその光のようで、夜に気が付くと窓の外を見ている。いつまでも変わらず首都高を光が飛んでゆく。あぁ、私もあの頃みていた光の一つになったのかと350ml缶を一口。
その時、窓のスクリーンの奥の方で何かがひときわ強く輝いた。アニメ調のキラキラマークが私の両の眼に突き刺さり、記憶を鮮明に呼び覚ます。瞬間0.1秒。
気が付くとホタルは部屋着のダサTのまま裸足でちぐはぐの靴と共に部屋を飛び出していた。マンションの階段から落ちるように降りていく。
まるで焚火に誘われる夏の虫のように、一直線に、一直線に。
窓にはホタル 高名なすの @Kuoivu
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