六夜 みつめ 5
ですから、答えました。お腹が空きまして突っ伏しましたときに、おみやげのおもちゃが目に入ったからですよ、と。わからない顔をして見返しておりますから、言葉を継ぎました。
おもちゃが三つ、ございますでしょう?と。
それは、ひとりひとりに別々にぼくが買ったものでした。ひとつまとめて袋に入ってしまっておりますけど。ですから、ぼく、今度の犯人も別々にいるのではないかと思いましたの。同時に死体が二つ見付かりましたら、犯人は一人もしくは一組と考えてしまいがちですけれどねえ。一件づつ、別の犯人でしたら、と考えましたの。そうしましたら、するりと解けたのでございますよ。
赤いお帽子の女の方がそのお隣りに座っていた方を殺し、その方が通路を挟んだお隣の方を殺して、御自分も亡くなられて。
ええ、赤いお帽子の隣の方が、何故違う席で死んでいた方だと気付いたのかは、簡単でございます。だって、どなたが気付かなくても、赤いお帽子のお隣りに座られた方は、気付かなくてはいけないはずでしょう?彼女が消えることに気がついていなくてはいけませんもの。ですのに、その席は空で、彼女は消えてました。ですから、結論はひとつしかないのです。
彼女が席でレインコートに着替える単純な手を使う気になれましたのも、彼を、証言の出来るかれを其処で殺してしまえる確信があったからでした。本来、彼女の予定でしたら、その方はその席で、彼女の隣りで息絶えていたのでしょうねえ。ですから、彼女の隣りに居た方は死んでいなくてはなりませんし、本来死んでいるべき彼女の隣りが空で、違う席に座っている死体があるのですから。死んでいるはずの席が空で、違う席に死体があるのでしたら、そう考えるのが簡単でございますよ。そうして、如何して違う席まで行ったのかと考えれば、後は簡単でございます。目的がありましたから。目的が何かと考えましたなら、隣りに死体がございます。偶然と考えますより、目的が死体を造ることでしたと、殺人が目的だと考えた方が、辻褄が合うのでございますよ。
あら、もうひとりの犯人ですか?
如何してわかったのですって?
ええ、そうするとあまりますの。
何がといって、あの東京の刑事さんたちがお眠りになってしまわれたことですよ。そんなこと、ありえませんからねえ。そして、殺された方も随分と静かに、抵抗もせずにね、最後を迎えたようでした。確かに毒は即効性でしたけれど。そのまえに眠らされていたという方が自然でしたでしょうねえ。
そうしましたら、何処かに眠らせた犯人がいなくてはいけませんよ。犯人がいるのでしたら、さらに目的は何かを考えなくてはなりません。ええ、人を眠らせるのだけが目的ですって、そんな方はおりませんよ。
あとは推測でございます。ぼくが席を立つのについて来ましたこと。ぼくがお二人が死んでいることを告げましたときに大層驚かれましたこと。そんな小さなことでございます。
それから、席をぼくに譲って立っていたこと。
座ってしまいますと、立っているときよりも、僅かですけれど、逃げにくいですからね。
ええ、そんなことでございますよ。
それで気がついたのでございます。
いつもは気が付いてもお話はしないのですけどねえ。こうして、如何してっ、て沢山聞かれまして面倒ですし。けど、このときは本当にお腹が空いておりましたの。何しろ現場が列車でございますしねえ。乗客が拘束されることになりましたら、時間がとんでもなく掛かりますもの。
そんなに待てませんでしたの、ぼく。
お腹が空いておりましてねえ。
ああ、みつめ、でございますか?
如何してもお聞きになりたいの?
いえねえ、確かにそれでお話を始めましたけど。最初から、事件のお話だけにすればよかったかしら?
ええでも、事件のお話だけでしたら不思議でも奇妙でもございませんでしたしねえ。特に不思議なこともありませんでしたもの。三つの殺人が重なりましたけど。ええ、ひとつは未遂で二つの死体が同じ現場から出ましたとはいえ、特に不思議なこともない事件でございましたよ。
ええ、最後に、あれだけがなければねえ。
本当にお聞きになりたいのですか?
困りましたね。けど、話し始めたのはわたしですし。
あれはねえ、一体如何してあのようなことになったのかしら。
現場から遺体が運ばれたり、東京の刑事さんとかは血液を取られたりとしておりました。体内に残留しております睡眠薬を調べる為です。薬といいますのはね、呑んだあとにも、身体の中に成分が残っていたりしますの。それが証拠になるのです。
わたしと差し向かいに座っている方も血液を取られました。注射にぼやいておりましたねえ。それだけで、何もかも終るはずでしたよ。あとは地元の警察の方に付き合ってお話をしてねえ。
何もかも、其処で終わりにする筈でしたのに。
わかったのですか、とその方はいいました。
ぼく、お弁当食べ終わりましたんですよ、っていいました。
ですからねえ。
高知へは、ぼく公安部の方御二人と、警視庁から刑事さん御二人と御一緒に出張してたのです。目の前に座っておられますのは、当時の公安部の方でした。
同行していて殺されましたのは、当時の警備局に勤めておられた方で、高知にある内偵関係で出張しておりましたの。
話が前後致しますけれど、殺された方が帰りを一緒にしました理由は、内偵の結果を報告する為でしたの。どんな内容を報告するつもりでしたのか。何か書き記したのものなどがあればわかりますけれど。何も書き記していなければ、何もわからないままになるのでしょうねえ。
眠らなかったのだ、といいました。
ええ、ぼくの前で、あの方そういいました。部下の行動を監視する為に、眠らなかったのだ、と。いやですねえ、ひとは信じなくちゃ。
眠られませんでしたの、とぼくは答えました。
ね、いやなものでございます。ぼくはねえ、刑事ではありませんもの。検察でもありませんし。ひとの罪を量る為にいるのではありません。
ぼく、いいましたの。
ね、あの方にもいいましたけど、御自分の命を絶つのも、犯してもいい罪ではございませんよと。もう銃口が目の前にありましたけれどねえ。
ええ、ぼく、銃口を前に話をしておりましたの。
黒々とした銃口が、ね。奇妙なくらいに大きく見えました。公安の方ですからねえ。服務規程が如何かは知りませんけど、この方、銃を携帯しておりましたの。ぼくの護衛も兼ねておられましたから、当然なのですけれど。
いけませんよ、とぼく、申しました。
あなたが亡くなられて、あなたの命令で行動された部下さんは如何なるのです?と。
ええ、そう申しましたの。
あなたを撃つとは思わないのか、といわれました。ええ、とぼく答えましたよ。だって、あなたはそんな方ではありませんもの。そう申しあげたら、かれはとても辛そうな顔をされて。
銃口を、額に。
あのときは、間に合わないかと思いました。
ええ、ほっといたしましたよ。咄嗟に投げつけましたお弁当の空が、その方の頭に当たりまして。銃口が逸れて、ぼくそうして仰向けに倒れましたその方の腕をゆっくりと抑えました。手首を返して、銃口を外に向けさせ、指を外させましたの。
とても意外そうな顔をしてみておられますから、ぼく、いいましたの。
一応、これでも教練は受けておりますよ、と。
一瞬、ぽかんとして、それからその方は笑い出されました。ええ、まるで憑き物が落ちましたみたいに。
ええ、教練といいますのは、訓練のことですの。体術とかもね、習いますの。ぼくの職場ではね、全員身につけることになっているのです。得手不得手は別にしてですけど。
銃を手に取りまして、ぼく安全装置を掛けてしまおうとしました。そのときでございます。
騒がしい声が致しました。駅員さんの居る部屋といいますのは、駅の構内にありますの。ですから、線路はすぐ其処でございます。その線路から、人々の声が聞こえてくるのでした。
ぼくは、茫然とその方に向きました。
人が落ちて、そんな声が致しました。ぼく、慌てておみやげの袋をあけました。けれど、そう入っているのは新幹線のおもちゃだけです。ぼく、慌てて周囲を見渡しました。
何も無い。もしかして、これでも。
ぼくは銃を構えて、撃ちました。
銃声は、前にもいいましたけど、それほど目立つ音ではございません。むしろ、静かに感じたほどかしら。列車の轟音と、人々の喧騒が響く中では。
ぼくは銃を手に、静寂の中にいました。必死の面持ちをしてたかもしれません。気がついたら、公安の方が宥めるようにぼくの肩に手を置いていました。銃を下ろすようにいわれて、ぼく背後に耳を澄ませました。人が落ちたと、声がしていた方へ。
ぼく、必死で声を聞き取りました。
歓声があがって、たすかったと知ったときには、膝が崩れるのをとめられませんでした。
ええ、本当に。
息を吐いて、今度こそ安全装置を掛けまして、瞳を閉じました。それから、前を見て。
目をみひらきました。
其処に、額に孔が空いた人形がありました。壁際にマスコット人形が置かれていて、咄嗟にぼくはそれを撃ったのです。ですから、孔が空いているのはおかしなことではないのですけど。唯、額の孔が。
ええ、まるで目のように見えました。あまり大きな人形ではありませんから、銃の射入口がそんな風に残るのは在り得ないのですけど。奇妙なことに。
三つ目のようでございました。
人形をみつめて動かないでいるぼくに、公安の方も無言でぼくの肩を支えたまま人形を見ていました。人形の三つ目を、みていました。
ぼくが如何して撃ったのかを、かれは聞きませんでしたよ。
それから駅員さんが来て、壊したもののおわびをして。ええ、公安の方は、東京に戻られてから罪を告白しました。辞職していまでも元気にしておられます。ええ、別の職業を興されましたよ。
え?人形がみつめなのですかって?
ああ、いえ、そう、なのですかねえ。そうかもしれません。いえ、やはりそうではないのでしょうね。
みつめ、といいますのはね、そのう、言伝えのことですの。何ということはない、よくある言伝えでございます。人が死にますとね、ひとつ、ふたつ、みっつと、三つ目になるまでは、満足しないという言伝えですの。死者が三つになるまで、満足しないというのですね。
ええ、それがみつめです。
けど、死者が三つになるまで満足しないというのは死者が三人続くという現象なのか、それともそういうものがいるというのか。どちらを対象とした名なのかが、よくわかりませんの。
そして、死者が続いて止めなくてはならないときに、人型をかわりに使うというのですよ。ですから、ぼく、おみやげのおもちゃを引っ繰り返したのです。人形を買ってはいなかったのですけどね。
ええ、咄嗟に、なぜかついてきてしまった、とおもいましたの。
二つ目の死体に、三つ目を要求して、ついてきてしまったのだ、と。公安の方が自殺するのを止めたとき、対象が他に及んだと思ったのです。
ひとが落ちて。
咄嗟に、身替りになるものを何か撃たなくてはいけないと思いました。何かをかわりにしなければ、と。理屈にはなっておりませんけど。
ええ、本当に。
そうして撃ったときに、本当に止まりましたのかしら。わかりませんけれど。落ちた人が助けられたと聞いて、それから見た人形。
三つ目。
ぼくにはわかりませんの。如何してそのように思ったのか、それになにより、本当にそれで止まりましたのかどうか。
ともあれ、それから人死にはおきませんでした。ええ、容疑者の方も、誰も。
ええ、ですけど、あのときのことを思い返しますと、いまでも落ち着かない気持になるのです。如何してあのとき、あんなことを思いましたものか。
あの場の、そくりとくる空気。
ええ、みつめの人形を見ておりました際に、何かが去って行く感じがございました。そう、あれは、何と申したらいいのでしょう。
あれから、人はもしかしたら死にたくなったときには、何処かで三つ目の死体を求めているのかもしれないと、思うことがございます。
何の理由も無く死んだと思える自殺体を見ることになりましたときなどには。
みつめに求められてしまったのかもしれない、と思うのですよ。
ええ、みつめにひかれて、死んでしまったのではないかと。
あら、随分と遅くなってしまいましたね。
今宵はこれまでに致しましょう。
おやすみなさいましね。
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