「七夜語り」
TSUKASA・T
一夜 嵐玉 1
薄墨に似た夜の帳、ゆったりと庭石に腰掛けている紳士がいる。髪には白いものが混じりはじめ、静かな黒瞳が不思議な深さを湛えている。穏かに笑んでみつめるのは、向かう縁側に座る童女だろうか。
黒髪をおかっぱにして、童女は円らな瞳で不思議な微笑を湛える紳士をみあげる。赤い着物の縮緬に揃えた白足袋赤緒の草履。
「かしはらさん、おはなしきかせて」
円らに見つめる童女に向けて、ゆるやかに橿原が微笑をかえす。
「ええ、そうですねえ、では、何からお話しましょうか?」
古い日本家屋の縁側で、庭に座る紳士と縁にすわる日本人形にも似た童女。
薄く翳りとうに迎えた夜の中、縁の端に残された雪洞の灯が緩やかに辺りを照らしている。羊歯の葉が落す陰、紳士の座る白石の煌いた肌。
ゆっくりと、橿原の不可思議な黒瞳が闇に雪洞を映して。
「では、語りましょうか。あなたは、御存じですか?あらしを」
まじろぎもせぬ童女の黒い円らな瞳が見ている。
すこし首を傾げて童女をみる、橿原の姿。三つ揃えの上着を座る傍らに、白いシャツと灰色のベストが薄く闇に浮き上がり、橿原がゆるりと語り始める。
「嵐の夜、というものを――――貴女は御存じですか?」
そのとき、と。
ゆっくり、橿原は言葉を続けた。
「そのとき、風はまったくふきませんでした。不思議なものですねえ、嵐の、とてもおおきなあらしのくる晩には、そのまえに、まったく風の吹かなくなることがあるのですよ。それは、そんなときに起こったんですよ。まったく、不思議な話ですけれどねえ」
息を吐いて、橿原が微かに首を振った。
「それは、とても不思議なお話です」
いうと、橿原はしんとした闇に耳をすますようにして。闇を嵌め込んだような色の瞳で童女を見つめた。
「嵐玉という、妖をごぞんじでしょうかしら?」
深い色の声。薄く降りる闇。
不可思議な瞳。
「あやかしというのは、人の目にふれることが滅多に無いものですけど、ね」
それでも、と。
「ときおり、それでも目にふれることがあるからこそ、名が残るのでしょうねえ――――きっと」
あやかしが、このよにしられてある、ということは、つまりはそういうことなんでしょうかしら、と。尋ねるように首をかしげてから。
「嵐玉という妖が、あらわれたんですよ。そうとしか思えないことがあったのです。その晩、そのときにね。ぼく、こうした稼業に就いていまは随分ながいですけど、あのときは、そう、――――まだ青二才でしたから。ええ、ぼく、そのときに居合わせたんですよ」
嵐玉のね、あらわれた晩に、とゆったり、橿原が微笑った。
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