14 関 ――高槻香奈――



「お伺いしたいのは一つだけです。あなたは、俺が帰ったあと、人と会っていた筈です。鷹城という男と。何を話していたんですか?」

「鷹城、…さんですか?」

「はい。あなたは昨日の十四時頃、鷹城と会って話をしていたはずです。違いますか?」

白い肌が透けるようにさらにしずかに色を失くす。蒼味を帯びた黒瞳が、そして関を見据えていた。

「そうですといいましたら、…何がどうなりますの?」

「…―――高槻さん」

関が名を呼ぶのに美しい黒瞳が僅かに微笑む。

「いえ、お話してはおりません。刑事さんがみえられてから、あの日は誰も訪れませんでしたわ。その鷹城という御方にも、お会いしてはおりません」

微笑して答える高槻香奈に、関が卓に隠れた膝の上で拳を握った。









山を下る車の助手席で橿原がいう。

「君達がいま扱っている事件は、確か印旛山毒殺未遂事件ですね?」

「良く知ってますね。…ええ、そして、彼女は犯人ではなくて、」

「毒薬の入手経路を教えてくれた、違いますか?」

「…―――報告書を読んだんですか」

ちら、と睨む関に、前をみてください、と淡々と云う橿原に、関が苛立たしげに前方に向き直る。

 その関を隣に。

「いえ、まだ読んではいません。唯、確かあの事件で使われた毒薬は生薬で、確か、酸漿根も使われていたのでしたね。その成分が混じっていた為に、毒薬の致死成分のもたらす効果が薄れ、毒が完全には効かず、被害者は命を取り留めた」

「――本当によくご存じですね。どっから情報を貰ってるんですか」

皮肉を込めていう関にまったく感じていない顔で、淡々と続ける。

「生薬の成分というのは、良く知った上で使用しても、西洋医学の薬と違い、成分の異同などにより、また未知の部分などにより、確実に誰にでも同じ効果が訪れるとは保証し難い面があります」

山道を降りながら、葛藤する表情をして、関が息を吐いてから、口を切る。

「ご存知のようですが、被害者は二十八才の女性、都内の料理店で会食をした後、突然の腹痛と下痢に見舞われ、最初は食中毒が疑われました」

けれど、と小さく橿原がくちにして。

しずかに繰り返す。

「けれど、入院して検査をした結果、血液からアルカロイドが検出された」

橿原の推測に、関がハンドルを切りながら答える。

「その通りです。会食で彼女だけに出されていた料理があることがわかり、被害者を狙った殺人未遂事件ということで、当初は捜査が行われました」

「当初ということは、いまは違う。事件ではない、ということになったのですか?」

山道の急な坂を下りながら、関が前を睨むようにする。

「…調べた結果、その料理を彼女が食べることになるとは、誰にもわからなかったことが解ったんです」

「被害者はたまたまその料理店で料理を注文しただけだったのですね?特に事前に被害者がその料理を食べることが決まっていたわけではなかった」

「そうです。…本当にたまたま注文したらしい。それで、無差別に誰でもいいからその料理店に来た客を狙ったものかとも考えたんですが」

「使われた食材に、間違って生薬を含む薬草が入っていた、というのですね」

「みてきたみたいにいいますね、…橿原さん。ですが実際その通りで、食材の入手経路を調べた結果、あの村の農家の一軒が出荷していたことがわかったんです。その農家を調べて、どうやら悪意はなく、自分達で薬として使っていたものが、出荷の際に混入したんだということがわかりました。ですから、あとは報告書をまとめて、事件じゃなく事故として処理することになります」

「そして、彼女のした証言というのは」

「…―――そういう薬草を干して生薬にする習慣があの村にあるってことを、証言してくれた住人の一人です。彼女の家でも、他の所でも同じような薬を作ってる」

「おそらくこうした山間部に古くから伝わる生活の知恵でしょうね。そうした民間の薬草を使った薬などは、いまでも思ったより広く残っているものです。特に山間部では交通が途絶し、すぐに医者の薬が手に入らないことも多いですからね」

「そう、そうです。そんなようなことをいってました。どの家でもある。そう証言してくれた一軒です。そして、彼女の家では出荷していない」

「彼女の家では出荷していない」

「そうです。僅かに家で使う分を作ってるくらいだといってました」

「そうですか」

関が沈黙し、橿原もまた何も言わないまま山道を車が下っていく。




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