PHANTOM NEMESIS 1 LAST TRIGGER

同胞 小枝

プロローグ

「……今日からこの博物館で働くことになりましたエリザ・ライルです

 よろしく」


彼女は一息で自己紹介を済ませた。

名を『エリザ・ライル』という新卒の白人女性だった。


彼女は大学院で「歴史学」と「犯罪心理学」を専攻していた。

彼女の『西部開拓時代は風俗の歴史』『犯罪因子は遺伝する』という修士論文は学会から公序良俗・学術性と信頼性に欠ける内容としてバッシングを受けた。

当時エリザを担当していた教授は修士研究の管理が杜撰ずさんであったとして責任を

問われるが、これをファーストオーサーであったエリザに転嫁する。

エリザは「歴史学」と「犯罪心理学」の学位を剥奪され路頭に彷徨っていた所、

彼女は胸ポケットに入れた一枚の名刺を取り出し、濁った瞳で見つめた。


当時の学会に参加していた『ウィルキン・アンダーソン』は

エリザの『犯罪因子は遺伝する』という論文中の大胆な仮説と角度の

切り口で論証を説く姿に胸を打たれ、彼女に言った。


「僕は素晴らしい論文だったと思うよ、よかったらウチの博物館で学芸員として

 働く気はないかい?」


ウィルキンはそう言って一枚の名刺をエリザに渡した。


そんな彼女に学芸員達からの「パチ、パチ」と、まばらな拍手が送られる。

彼女の横で学芸員達の表情を伺うのは館長の『ウィルキン・アンダーソン』。

皮下脂肪の多い中年男性で脂汗の染み込んだシャツを着ている。

彼は額の汗を拭ってから、もう一度学芸員達のことを軽く見回した。


「そ、それじゃあ彼女にこの博物館の案内を〜」

「ふ、副館長の〜……ク、クララくん! き、君に任せてもいいかな?」


館長の短くて太い指先は一人の若い女性学芸員を指していた。


エリザと同年代か、それともまだ未成年だろうか。

とにかく若くて幼い、子供っぽい印象だった。


「はいっ! 任せてくださいっ!」


部屋中に響く意気揚々としたハリのある声。彼女こそが『クララ』だ。

辿々しい足取りでエリザの元へ向かうクララ。

それを見た他の学芸員達はエリザ達に目もくれず、解散した。


「よろしくお願いしますねっ! え〜っとぉ……」


逡巡しゅんじゅんを見せ、頬を赤らめているクララにエリザは手を伸ばした。


「……『エリザ』って呼んで」


クララは太陽のように微笑んだ。自分と同年代の学芸員が入って嬉しいのか

いそいそとしながらエリザと握手を交わす。


「分かりましたっ! エリザさんっ! ではさっそく行きましょうかっ!」


西暦2023年、アメリカ合衆国ニューハンバーグ州立グッドマン博物館。

本館は主に十九世紀のアメリカの庶民の生活の模造や展示を行っている。

館内は西の『レストラン』。

中央には二人のカウボーイをあしらった石像が建てられた『モニュメント』。

東には西部開拓時代の人々の生活になぞらえて当時のアメリカを再現した

『ワイルドウェスト』の三つのエリアからなる。

二人はその内の『ワイルドウェストエリア』に足を運んでいた。


「……これは、駅馬車かしら?」


エリザはとある一つの古びた馬車に向かって指を差す。

それは四つの車輪の上にただ揺籃ゆりかごが乗っているだけの様にも

見える。


「おっ! さすがエリザさんっ!」

「……大陸横断鉄道が普及してからは随分と数を減らしたみたいね」

「これは1920年のものなんですっ! エリザさんの言う通り鉄道が敷かれて

 からは数を減らして、これが現存する中で最後の駅馬車なのではないかと言わ

 れてるんですよっ!」


駅馬車は静かにエリザとクララを見下ろしていた。

エリザは顎に手を当てて頷きながら感嘆した。


「……なるほどね」


駅馬車の隣には当時使われていたであろう銃火器や兵器の展示コーナーが

あった。


「……これは、リボルバー?」

「気になりますっ?」


クララはエリザの肩からヒョコッと顔を出した。


「……ええ、実物を見るのはこれが初めてだわ、シリンダーに凹凸が少なくて

 これはこれでスタイリッシュね」


一人で銃を吟味するエリザを見てクララは好奇の瞳をエリザに向けた。


「へぇ〜っ! 意外とオタクなところあるんですねっ! エリザさんってっ!」

「……あら、いけないことかしら?」


エリザが気を悪くしたと思ったのかクララは慌てて撤回した。


「あっ! いやいやむしろオタクな人ほど学芸員さんって向いてますからっ!」


クララの慌てる様子を見たエリザは悪戯に目を細め、鼻をクスクスと鳴らして

から辺りを見回した。


「……ところでガイドさん、ここは何のエリアなの?」


クララは「待ってました」と言わんばかりに背筋を伸ばしてから深呼吸をする。


「こほんっ! 『ワイルドウェストエリア』へようこそっ! エリザさんっ!」


エリザの目の前には両腕を広げたクララ、その後ろには荒野の雄大な景色と

駅馬車、それからカバードポーチのある家々が『ワイルドウェストエリア』を

彩っていた。


「突然ですがエリザさんってワイルドウェストについてどのくらい知って

 ますか?」

「……え、アタシ? う〜ん、カウボーイが太平洋側に向かった……ってくらい

 かしら?」


エリザの回答は曖昧なものだった。

クララは腰に手を当てて頬を膨らませた。


「見学の方なら合格ですが、学芸員としては失格ですよっ! エリザさんっ!

 大学で何を学んでたんですかっ!?」

「……じゃあクララ先生、教えて?」


エリザは腕を組んで質問を続ける。

クララは目を輝かせて両手を組み、心の声が吐露する。


「ク、クララ先生っ!? わ、悪くないかもっ!」


クララは我に返るように咳払いをし、神妙な顔つきで語り始める。


「実はワイルドウェストには、もう一つのがあったんです」

「……もう一つの、知られざる時代?」


エリザは不審に思って首を傾げるとクララは右手をエリザの後方に向かって

伸ばした。


「はいっ! それがあちらにある『アメリカンスクランブルコーナー』

 ですっ!」

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