ぼくは来世で恋をする
空見 れい
第1話 幼馴染
もうすぐ僕は僕を終えるだろう。
ただ一緒にいたいだけなんだ。
だから僕は。
来世では違った形で君に会いたい。
葉鈴町は小さな街。元々は、外に出ればほとんど親戚か知り合いという、とても小さなコミュニティだった。
私の家は両親が結婚直後にこの街へ移り住んできた新参者で、同じマンションの人たちも移住組が多い。だけど、この街にはいろんなものを受け入れる柔軟さがあり、人が温かいので、外から移り住んできた人たちも昔から居たかのようにすぐに馴染んでしまう。
石畳と水路が多く、街の周りは太い川で囲まれている。人口が少ない割には商業施設なども充実しており、教育機関も揃っているので生活に不便は無い。近隣の町とは3本の大きな橋で繋がれており、陸の孤島というほどではないのだけど、橋を隔てて別世界という感覚だ。
この街の人は、自分の生まれ育ったこの街が好きだ。もちろん、私も。程よく自然があり、それでいて閉塞感の無いこのバランスがちょうどいい。
私は篠宮亜沙美。成績は中の上くらいで、運動は少し苦手、特に目立つ方でも派手なタイプでもない。普通の両親と、普通の暮らし、平凡な毎日を送っているただの高校生。今日も歩きなれた石畳を進んで、高校へ向かう。
「亜沙美―!おーはよっ!」
後ろから大きな音を立てて走って来たのは、同じ高校に通う幼馴染の霧矢ひなた。ひなたは同じマンションの同じ階に住んでいる。気がつくといつも隣にいて、ずっと一緒に育ってきた家族のような存在。明るくて、人懐っこいから誰とでもすぐに仲良くなってしまうタイプ。どちらかというと人見知りの私を、いつもひなたがみんなの輪の中に連れて行ってくれる。
「亜沙美!俺を置いてくなよー!」
追いついてきたひなたが、ちょっとふてくされて言う。
「おはよ。ひなた、今日は朝練なかったの?」
ひなたは水泳部で、毎週月曜日は朝練があるハズでしょ?
「今日は顧問の先生がいないから、朝練は休みなんだって、先週、誕生日のお祝いしてもらった時に言ったよー!」
ひなたは春生まれ。先週の金曜日が誕生日で、私より先に17歳になった。毎年、お互いの誕生日はどちらかの家で一緒にお祝いしていたのだけど、今年はひなたのリクエストで駅前のカフェに行き、2人だけでお祝いした。
カフェ『ユイト』は最近出来たばかりのお店で、料理好きのマスターが一人で切り盛りしている。カウンターと小さいテーブル席が3つ。そんなに広くは無いんだけど雰囲気が良くて、狭いのがかえって心地いい。ログハウスのような内装で、観葉植物が他の席との仕切りになってくれる。窓から差し込む光が優しくて、木の香りとコーヒーの香りに包まれながらケーキを食べていると、まるで森の中にあるお菓子の家にいるような気分になる。晴れている日は、テラス席でものんびりできるみたいだ。
「そういえば…そうだったね。いっぱい話したから忘れちゃった!」
特別に約束をしているわけではないんだけど、ひなたとは小学生の時から一緒に学校に行っている。朝は家から出て、ひなたを迎えに行くのがルーティーン。当たり前のようにしてたけど、もう高校生だし、いつかは別々になるのかな?
「亜沙美、この前はありがと!あのお店すごく良かったね。マスターも面白いし!」
マスターは40代くらいかな?短くスッキリとした髪と、意志の強そうな太い眉の下に、少したれ目の奥二重が渋い感じなんだけど、笑うとくしゃっとした柔らかい印象になり、その笑顔がとっても素敵。まだオープンしたばかりだけど、もう常連さんもいて『やっさん』と呼ばれていた。気さくで明るいやり取りも聞いていて面白い。人懐っこいひなたもすっかりマスターと仲良くなっていた。
もちろんお料理も美味しくて、温かい味というか、心に染みる味だった。
「あのメロンのケーキ美味しかったー!ひなたはおかわりもしてたしね!」
くりぬいたメロンの中に、たくさんのフルーツとスポンジやクリームが層になっているケーキは、見た目も可愛くて、一切れが大きいんだけど生クリームが軽いから最後までスッキリと食べられる。ひなたなら、メロンまるまる一個分食べられそうだ。
ひなたはすごくスタイルが良い。食べるのが大好きで、とても大食いなのに全然太らず、その分の栄養は全部身長にまわっている。
「ひなた、また身長伸びた?」
子供の頃からずっと並んで歩いているけど、私と同じだった目線が、中学生になった辺りからだんだんと上がっていった。
「うーん。今183くらいかな?」
柔らかそうな癖っ毛をくるくると指で巻きながら、ひなたが答える。
「私が今、160㎝だから…23㎝違うのか―。首が痛いわけだ。」
そう言って、私がひなたを見上げると、不意にひなたの顔が近づいてきた。
「俺の顔が見たければ、いつでも俺が下りてくるよ?」
少し身を屈めて、私の顔を覗き込みながら、ひなたが笑う。
子供の頃はくるくるとして可愛らしかった目は、すっかり大人っぽくなり、目の周りにうっすらと入る窪みや、少し眠そうに重なった瞼に、思わずドキッとしてしまう。
「ば、バカにしてっ!」
動揺して、慌てて横を向いた私を、ひなたの顔が更に追いかけてくる。
「亜沙美…?お化粧してる?」
えっ?お化粧?
「ああ、うん。お化粧っていうか、色付きリップだよ。この前、羽菜に貰って…。」
へえ、ひなたってこういう事に気がつくんだ。この前、クラスメートの羽菜が、可愛かったから2本買ったと言って1本を私にくれた。今日、初めて塗ってみたんだけど、やっぱりちょっと印象変わるのかな?
私は何気なく答えたんだけど、なぜかひなたは少し不機嫌そうにしている。
「ふーん。何のためにそんなのつけるの?」
何のためにって…。
「お、おしゃれ?…、あ、保湿!」
なんだか言い訳してるみたい?でも、なんでそんなこと聞くのかな?
いままで、ひなたからこういうことを指摘されたことが無い。なんか今日のひなたはおかしいかも?
「ふーん。」
ひなたは私の答えには納得しなかったみたいで、相変わらず不機嫌そうにしながら、カバンから取り出したティッシュで私のリップを拭き取った。
「な、何っ⁉」
「うん。亜沙美はこのままがいーよ!」
ひなたが満足げにニコッと笑う。
あまりにもひなたが嬉しそうにするので、私は怒るのを忘れてしまった。
でも、やっぱりひなたがいつもと違う様な気がする。ちょっと、子どもっぽさが無くなったというか…?
もう高校生だしね。こうやって私達も少しずつ人になっていくのかな?そうしたら、私とひなたの関係も変わっていくのかな?それはちょっと、寂しい気がする。
だけど、この日から私達は、お互いの気持ちがだんだん分からなくなっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます