第2話 異能は突然に(2)
時刻を確認しよう……朝の四時半だった。
気温は低く、毛布にくるまっていないと手足の先が凍えてしまいそうだった。
しかし今日はだいぶマシだ。振動しているおかげで体温が保たれているのかもしれない。
だとしてもマイナスの方が多いだろうなあ……。
新年早々、なんでこんな目に……。と言ったが、三が日は過ぎている。学校も始まってるし……普通に週明けの月曜日だ。平日なんだよなあ。
そんな普通の日に、指先が小刻みに振動している。寒さによるものではなくまるで電動マッサージ機のように、だ。……こんな状況は初めてだ。
前例ってあるの?
経験者がいるのだろうか。
『――それ、電マじゃん』
「言うと思ったよ!」
おれも他人事だったらきっと言っていただろう、だから予測できたのだ。
ふたりのことはよく分かっている。言葉なく、意思疎通も難なくできるのだ。
良くも悪くも。
相手の心を、なんとなくで読めてしまう――――
「見せてみろ」
肩まである、男子にしては長い髪をヘアゴムを使って後ろで結び、達海がおれの手を乱暴に掴んだ。ただでさえでかい体格の達海に腕を取られ、引っ張られると、なす術もなかった。……くそ……こういう時、チビは損だぜ!
「…………」
「なあなあ、じっくり見てるけどさあ、見てて分かるのか?」
「分からん」
もちろん、期待はしていなかった。
それでも達海ならもしかしたら……という淡い期待はすぐに消えた。
つかえねー。
達海の手を振り解く。強めに払ったが、おれたちにとっては挨拶のようなものだ。
達海は分かりやすく肩をすくめ、
「止まれ、とでも念じたら止まるんじゃねえの?」
「あのなあ、それで止まるならさっさとやってるっての。――なあ、天也はなにか方法、」
「自然と止まるんじゃないか? だって、電マだって充電がなくなれば止まるだろ?」
と、意外にもまともな意見が出たところで――でも、それどころじゃなかった。
達海と顔を見合わせ、お互いに目をまん丸にさせて……目を擦る。幻覚じゃない?
おれたちは自分のベッドに座って向き合っている形だ。部屋の電気も点け、薄暗さもなく、だから寝ぼけているわけでなければ、見えているものが真実だ。
だとして……じゃあこれはなんだ?
天也の体が、薄っすらと透けて見えているんですけど??
「あん? なんだよ、俺の顔になんかついてんのか?」
おれたちの中では一番整った顔をしている天也だ(と言ってやるのは心苦しいけどな! しかし、天也のモテたい、という執着が、努力に繋がっていた。イケメンというのはただ待っているだけで作られるわけではないのだ)。
自分の顔を手で触れて確認し、異変がないことを確かめようとしているが、本人には分からないことだろう。だって透けているだけなのだから。
顔になにかついているわけではないし、あるものがなくなったわけでもない。
透けて、見える、だけなのだ。
「…………へえ」
すると達海が、興味本位だろう、流れるような動きで振った手の甲を、天也の鼻頭に当てた。綺麗な裏拳だった……。
勢い強めに直撃したので、鼻血こそ出さなかったが衝撃で天也が後ろに倒れた。ベッドだったので達海も遠慮しなかったのだろうけど……それでも、直撃すれば痛い。しかも鼻頭だし……。
「ぶっ!? ちょっ、おまぇ……ッ、なにすんだッ!!」
「なんだ、透けて見えるだけか。実際に触れなくなるわけじゃない……ってのは、どうなんだ?」
「はぁ!?!?」
良いのか悪いのか、ってこと?
今のところ、どちらとも言えなかった。
「い、いきなり人の顔をぶん殴っておいて……ッ、覚悟できてんのかテメェ!!」
「違うぞ、天也……、やっぱり分かってないんだな……?」
「なにが!!」
机の上の手鏡を天也に渡す。
「?」と訝しむ天也が鏡を受け取り、自分の姿を見て、
「え。……薄っすらと、透けてないか……?」
「だからそう言ってんだろ。服はそのままだから、お前の体だけが透けてるらしいな」
「な、なんだよこれ……これってさ――――『透明人間』じゃん!!」
「なんでテンション上がってんだよ」
と、達海。おれも同意したいけど、体は正直で、そわそわしてる……だって透明人間だ! 男だったら一度は憧れるだろう。そういう力があったらいいな、で上位に挙がる能力じゃないか? 瞬間移動よりも、タイムスリップよりも――透明人間だ。
ロマンだろ!?
だからこそ、その憧れが強ければ強いほどに、手元の振動する指先が憎い。……なんでこれなんだよお……。泣きたくなってくるぜ。
「透明人間、か……なんでか知らないが、俺は不思議な力に目覚めたってことだよな――へへっ、こりゃあいい。酸いも甘いも知った人生だったが、やっと、俺だけが得するターンがやってきたってことだよなあ!?!?」
天也の顔が、徐々に喜びからゲス顔になっていく。
今なら、このバカがなにを考えているのか、おれたちでなくとも分かっただろう。
結局、中学生が考えることではあるのだけど。
「ところで。それは自分の意思で元に戻れるのか、天也」
「おい、喜んでるところで水を差すなよなー」
「重要なことだろ。そうでもないのか? じゃあ放っておくけどさあ」
達海の意見に同感だ。水を差してでも聞くべきで、それは気になるところだった。
おれの指先の振動と同じく、天也の透明化が自分の意思でスイッチのオンオフができるなら使える能力だけど……しかし、能力側の気分次第でオンオフが切り替わるなら厄介だ。
人に見られて、指先の振動ならまだ誤魔化せるだろうけど……、透明化はどう言い繕っても難しい。
本気で誤魔化すつもりなら、天也をどうこうより見る側の意識を変えた方が早いかもしれない。
たとえば――天也は透明になっていませんけど? そう見えているあなたの方がおかしいのです、とでも言えば誤魔化せるか?
無理でもそう誤魔化すしかないだろう。
「そう言えば、達海はどうなんだ?」
「ん?」
「だって、おれと天也がこんな状況で、達海だけなにもない、とは考えにくいだろ」
おれが思うことだ、達海も当然思っていたようで、両手を広げた。
「どうだ? 変化はあるか?」
「いや……ない、な」
見た感じは、だけど。おれたちみたいな分かりやすい変化が見えないというだけで、中身で変化が起きている可能性は充分にある。
まだ発動していないだけ、かもしれないし……。
「もしくは、外部に影響を与える、とかな」
「…………つまり?」
「そもそも、陸と天也の異変の元凶がオレだったりするのかもしれねえ」
…つづく
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