指先が電動マッサージ機になる異能が目覚めたら。
渡貫とゐち
第1話 異能は突然に(1)
『今日から明日にかけての西茨城県の天気予報は――』
分厚い毛布一枚を挟んだ向こう側から、聞き取りづらいラジオの音が聞こえてくる。聞き慣れたお天気お姉さんの声だった。
毎日聞いている、会ったことも見たこともない赤の他人だけど、でも安心感があるのだ。……この声がなければ、毛布を頭から被ったこの狭くて暗い空間はちょっとだけ昔のトラウマを刺激してもおかしくなかった。
普段だったら、数秒も毛布を被ってはいられなかっただろう。
でも、今はそれどころじゃない。
それどころじゃなかったことがよかったのかな? ともあれ、未だに克服できていない閉所恐怖症を覆い隠してしまう異常事態が、目の前にあった。
目の前であり、指先だった。
スマホの明かりで照らされている見慣れた自分の指先は、やっぱり……見間違いではなかった。そもそも感覚で分かっているのだけど……。
――振動してる……のだ。
小さな音で、ブゥウウウン、と。まるで耳元で小さな虫が飛んでいるように。鳴りやまない羽音のような機械の音が聞こえていた。
右手の人差し指と中指の二本が、小刻みに振動していて……。その指を頬へ添えるとなお分かりやすい。そう、まるで電動マッサージ機だ。
未来的なフォルムのこけしと言えばいいのかな――みたいな、あれだ。
それが自分の腕の中に埋まっている気分だった。もちろん取り出せなくて、それがもどかしい。手首にあったらいいな、と思った(想像の)ファスナーを下げたら、中身が丸見え――だったら楽だったかもしれない。マッサージ機を取り出せば解決だったのだから。
あり得ない話だけど。
でも、指が振動することも、同じくあり得ない話なのでは?
振動し続ける指とは逆の手でスマホを操作する。け、検索……っ、急に指が振動する、これは病気か……? 病気でいいのか……??
一応検索してみたが、そういうエロ動画しか出てこなかった。
これはこれで興味があるが、未成年なので視聴することはできなかった。いや、絶対に見られないわけでもないのだけど……規制をかいくぐる裏ワザはみんなが知っていることだ。
ただ、証拠は残ってしまう。証拠を消したとしても、消した、という痕跡も証拠となってしまう。別に、今更な話、むっつり(スケベ)でもないのだし、バレてもいいとは言え……。それでも、バレないに越したことはなかった。
うちは色々と複雑な家庭なのだから……。
結局、ネットには「知らねえよ」と知らんぷりをされたので見るサイトを変えることにした。振動の止め方が分からない指は、放置したまま……。詳細を教えてくれるサイトがなければこれから作らせればいい――。しかし……うーん。けどなあ。
ヤッホー知恵小袋に聞いて解決するかどうか……。質問がふざけてるようにしか思えないから、ふざけた回答しか返ってこない気がする。
やめだ。
無駄だろう、ネットのおもちゃにされるのはごめんだ。
異変は指先だけか? 長袖をまくり、腕に突起物がないかを調べてみる。さっきも調べたがもう一度、念のためだ。
……うぅん、まあさすがに分かりやすく電源スイッチがあるわけじゃないか。
手のひらから肘まで観察して、肌色に合わせて見分けがつかずに見落としていた、ということもなく、電源スイッチはなかった。
なくてほっとしたが、ないとなるとそれはそれで振動が止まらないことを意味するので、困ったものだ。
進展がない。このままだと埒が明かないので、頭から被った毛布を剥ぎ取る。まるで深海から海面に出てきた、みたいに視野が広がる。あと寒っ。部屋の中まで外みたいなんだけど。
そして、やりたくなかったが、仕方ない。同室であるふたりを叩き起こすことにした。と、その前に、今も天気を教えてくれているラジオ……の横にあったカチューシャを忘れずに、前髪を上げてからはめて――。
頭に巻く手ぬぐい代わりだ。
気合を入れる。
そして、世界と向き合うことにしよう。
世界よりもまずは、おれの指先から、だけど。
「――おい、
「は…………?」
「ん、だよ……
おれが一声かけただけでふたりの意識が戻ってくる。
浅い眠りだったらしい。
「違うわ、お化けが怖くてトイレにいけない、じゃねえし。つーか、そんなもんよりよっぽど怖いもんをおれたちは経験してるだろ。お化けなんかさ…………気にしねえし」
「気にしてる間、だけどな」
細かい指摘ができるなら、寝起きでももう覚醒し終えたと見ていいだろう。
説明は省く。
見せた方が早いのだ。
おれは、振動し続ける指を、ふたりに見せた。
「これ。……止まらないんだけど」
…つづく
次の更新予定
指先が電動マッサージ機になる異能が目覚めたら。 渡貫とゐち @josho
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