苦節100年。異世界で大英雄になった俺が帰還したら、日本ぽい国がある別の異世界だった。もう帰るのは諦めてこの世界で暮らそうと思う。
レイン=オール
1~
第1話
異世界コルウェルに転移したのは17歳。高校生の時だった。
今でもよく覚えている。毎日通っている高校からの帰り道。その日は偶然部活が休みの日で、面倒臭がりな俺はラッキー! と大喜びし素早く学校を出た。
通るのは何の変哲もない住宅街。何事もなければ無事に家に着くはずだった。
――しかし自宅へ帰る途中、俺は怪物に出会ってしまった。
怪物は丸々と太った魚のような見た目をしていた。ギョロリと見開かれた目。軽々と家を飲み干す巨大な口。コンクリートで覆われているはずの地面をまるで水面のように泳いで移動するその姿は、怪物としか形容できない恐ろしいものだった。
呆然自失。非現実的な光景に俺は唖然とした。
呆然と立ち尽くす俺。だがそれは致命的に間違った選択だった。
何故なら美味そうに家々を貪る怪物に気付かれてしまったから。
奴からすれば俺はさぞ狙いやすい獲物だった事だろう。なにせ恐ろしい捕食者に気付かれていながら、まるで逃げる様子を見せない。近付かれても背を向ける事すらしないのだ。奴にとって俺は駄菓子よりも手軽に食べられるおやつだったはずだ。
ただ一つだけ言わせてもらえば、俺は逃げなかった訳じゃない。
目の前の光景が非現実的過ぎて、頭が“逃げる”を選べなかっただけだ。
逃げる間もなく俺は怪物に喰われ――気付けば見知らぬ場所へ転移していた。
「は? ――何処だここ!? あの怪物は何処に行った!?」
周りにあるのは樹齢何千年はありそうな巨大な樹々。霧がかかっていて数舜前まで上に広がっていた空は一切見えず、代わりに周囲からは恐ろしい獣の唸り声が。
見飽きた住宅街も、恐ろしい怪物の姿も、影も形も見当たらない。
訳が分からな過ぎて、俺はただただ狼狽える事しか出来なかった。
――次の瞬間。俺の身体は遥か上空に存在していた。
「――――――――――ッッッッッ!?!?!?!?!?」
直前まであった足元の地面が消失し、何もない空中に投げ出される。
全身を襲ったのは恐怖とかそんなレベルのものじゃなかった。凍り付いたように身体が動かなくなり、心臓が破裂しそうなほど何度も何度も激しく鼓動を繰り返す。
何もない空中に身を投げる行為がこれほど恐ろしいとは思わなかった。
スカイダイビングをする連中はこんな気分をわざわざ味わおうとしてるのか。俺には絶対に無理だな――視界が空で埋まる中、何故かそんな思考が脳裏を過ぎった。
あの時漏らさなかったのは人生でも一、二を争うくらいの偉業だ。
「おー、間一髪だったね少年。キミはとても運が良い」
「……は? ぇえ? あんた、は……?」
「私はハルファネラ=レフラ・レファルハス。世界最高の女だよ」
恐怖で悲鳴すら上げられない俺に声を掛けたのは、黄金の魔女。
彼女を初めて見た時の事は今もハッキリ脳に焼き付いている。霧がかった世界で何もない中空に仁王立ちする黄金は、忘れたくても忘れられない記憶の一つだ。
そんな出会いを経て、俺はコルウェルで最高の魔女に保護された。
黄金の魔女ハルファネラ――後の師匠からは多くの事を教わった。
ここが地球ではなく異世界コルウェルである事。この世界には凶悪な魔獣や妖精、精霊、神々などが跋扈しており、人間は常に存亡の危機に晒されている事。俺が喰われたあの怪物は恐らく『オルドスの怪魚』と呼ばれる神獣である事などなど。
その他、コルウェルで生きる為に必要な多くの事を彼女から教わった。
ちなみに俺が最初の場所から移動させられのは、あの場所がある神と魔獣の戦いに巻き込まれ消し飛ぶ寸前だったからだと聞いた時は、心の底から師匠に感謝した。異世界に転移させられた挙句、訳も分からず消し飛ばされるとか理不尽が過ぎる。
師匠に師事した後、俺が真っ先に聞いたのは故郷――地球への帰り方だ。
記憶にあるあの場所へ帰りたい。家族の顔をもう一度見たい。こんな見知らぬ世界で死にたくない。また気の合う友人たちと馬鹿な事をやる日々に戻りたかった。
しかし答えは得られない。師匠も異世界に渡る方法を知らなかったからだ。
魔法とは神々や精霊が扱う権能を人間の規格に落としたもの。如何に魔女が魔法を扱うエキスパートであっても、自由自在に望みの魔法を生み出すといった事は出来ないらしく、似た権能を扱う神や精霊からヒントを得て開発する必要があるとの事。
そして世界を渡る権能を持つ神や精霊など、そう簡単に見つかる訳がない。
望む答えを得られず、俺は落胆する気持ちを隠せなかった。
この人ならもしかして――、と期待があっただけに落差も大きい。
「帰るのは諦めた方がいい。何年あっても時間が足りるとは思えないよ」
「……いや。それでも俺は諦めない。世界を渡る方法がある事は俺がここにいる事実が証明している。なら後は世界を渡る権能を持つ神か精霊を見つけるだけだ」
「ふーん。まあキミの人生だ。納得が行くまで挑戦するのもアリだろうね」
応援してるよ、と微塵も成功すると思っていない口調で師匠が言った。
そこからの俺の生活は、挑戦と挫折の繰り返しだった。
少しでもそれっぽい権能を持つ神や精霊の噂を聞くなりすぐに出向き、命の危険を何度も冒しながら死に物狂いで奴らの権能を研究し、それを魔法へと落とし込む。
狂気の沙汰だったと自分でも思う。とてもまともな人間のやる事じゃない。
コルウェルで人間とは最弱の知的生命体だ。魔獣にとってはすぐ増える餌であり、妖精にとっては叩けば鳴る玩具であり、精霊にとっては居ても居なくても変わらない有象無象で、神にとっては都合良く使える労働力。それが人間という生き物だ。
そんな人間でありながら何度も何度も神や精霊に挑むのだ。しかもその度に辛くも生き残り、時には身体の一部を失いながらも多くの成果を得て帰還してくる。
コルウェルの人々から俺が英雄と呼ばれるのに時間は掛からなかった。
それも人間どうしの争いで誕生する通常の英雄ではなく、本来勝てない相手と戦って生き残り続け、時には勝利すら手にする人知を超えた超人。――大英雄と。
とはいえ他人から称賛を受けたところで気が晴れる事はなかった。
俺の目的はあくまで故郷である地球、そして日本へ帰る事。どれだけの成果を得ようとそれが帰還の道へ繋がらなければ、俺にとっては意味のないものでしかない。
「くそっ!!! これだけやっても何の成果も得られないのか……ッ!?」
「荒れてるねー、愛弟子。その様子だと今回の魔法も失敗だったみたいだね」
「……何の用だ師匠。俺は今機嫌が悪い。冗談に付き合ってる暇はないぞ」
「まあまあ落ち着いて話を聞きたまえよ。今日はきっとキミも気に入るだろう噂話を仕入れて来たんだ。そうカッカせず、私の話に耳を傾ける事をおススメするよ」
「……はぁ。とりあえず話を聞くが、つまらない話なら研究に戻るからな」
「大丈夫だとも。今回の噂はキミも絶対に興味を示すと私は確信してるからね」
そんなやりとりを経て聞かされた話は、確かに俺の興味を引くものだった。
師匠が語ったのはある妖精の噂。人間の夢を見る感情から生まれ、人々の願いを叶える力を持つ妖精の話だ。そんな妖精が実在するらしい、と師匠は話した。
俺はもちろん、すぐにその妖精がいるという場所へ向かった。
きっとまたガセネタだろうと考えつつも、僅かでも可能性があるなら確かめずにはいられない。自身の諦めの悪さに内心辟易とし、けれどもしかしたらと期待もする矛盾。己が心の不可解さに悩まされながらも目的の場所を目指して旅を続け――。
――そして100年後。俺はとうとう故郷『地球』へ帰る手段を手に入れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
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