第18話 自分の内側と外側
「で、何がそんなに大変なんだ?」
山岡は理の言葉の真意を引き出そうとする。
「思ったような形で、仕事ができないんですよね」
「思ったような形って?」
「仕事量もそこそこに、それなりの収入を作るのが」
「それはな、たぶんその『思ったような形』ってのが、ぼやけているからじゃないか?」
「ぼやける?」
「そう、その『思ったような形』っていうのが明確になってないから、あいまいな行動につながってる」
「あぁ、なるほど、たしかにそうかもしれません」
理は山岡の言葉に「的確だ」と感じる。
「でも、今はその仕事すらまたイヤになってる部分もあります」
「上手くいかないことが続くと、誰だってイヤになる」
「でも、それは一生懸命な証拠だよ」
「ただ、そんなにイヤだって言うんなら一度、自分のことを見つめ直したらいいんじゃないか?」
「どうせ自分なりに色んなやり方は試したんだろ?」
「はい」
「やり方ばっかり変えても上手くいかないんなら、自分のことを見つめ直すと、考え方や行動も変わってくるぞ」
「見つめ直すって?」
「自分を知るってことだよ」
山岡はコーヒーをぐびっと飲んで続ける。
「結局な、自分の行動なんてものは自分の内側にあるものが、外側に出てきているだけなんだよ」
「だから、自分の内側にあるものをよく理解して、内側にあるものを使えば、自然と行動は自分の内側に沿ったものになる」
「その自分の内側にあるものっていうのは『本音』だったり、『自分が持ってる答え』や『考え方』だ」
「今、髙平くんがやってるのはな、自分の外側ばかりを見て、外側を中心にしてるから、それに対して内側が『イヤ』だと感じてるんだ」
「内側は無視して、自分の外側ばかりに行動を合わせてると、さすがに苦しくなる」
「まぁ、それでも自分で『やる』って決めたから、そんな状況でもなんとかやっていけるんだけどな」
理はそう言う山岡の言葉に口を開く。
「でも、働かないといけないですよね」
「だからな、今の生活に必要な分は働きながら、自分の内側にもしっかり目を向けて、考え方や行動を変えていけばいいんじゃないかってことだよ」
「一気に目の前の現実を変えることは難しいけどな、それでも自分の内側を中心にすれば、自然と行動を変えていける」
「自分の内側を中心に行動するのが、自分をコントロールするってことだ」
「逆に外側を中心にしてるっていうのは、自分がコントロールされてるってことでもあるんだよ」
「『上手くいかない』って思ってるときほど、自分の中心が内側じゃなくて、外側になってることも多いからな」
山岡の言葉がグサグサ突き刺さる。理は図星を言われ、イライラが募った。
「でも、外側は無視できないですよね?外側をコントロールなんてできないですよね?」
「あぁ、無視はできないし、コントロールするのは難しいよ」
「じゃあやっぱりいくら内側を中心にしたって、外側を変えることなんてできないんじゃ…」
「君の行動の積み重ねが、今の現実を作ってるのにか?」
「!?」
「外側をコントロールするのは難しい」
「けど、それでもこれまでの行動の結果が、今の君につながってるのは間違いだろ?」
「まぁ…たしかに」
「その行動を決めているのは自分の『内側』か『外側』しかないんだぞ」
「そして、それを決めているのは『自分自身』なんだよ」
「『内側』に行動を合わせるか、『外側』に行動を合わせるのかは、自分次第なんだ」
「自分次第だから、どこまでいっても全部自分の責任なんだよ」
先ほどまでイライラしていた理だが、山岡の言葉に納得したのか、妙にスッキリした気分になった。
「自分の外側を無視できなかったり、コントロールできなかったりすることは多いもんな、大変だよな」
「山岡さんも大変って思うことあるんですか?」
「そんなのいくらでもあるよ!俺も偉そうに喋っちゃったけどな、実際上手くいくようなことばかりじゃない」
「そっか」
「そうだよ」
理は山岡でも上手くいかないことがあるのを知り、どこか安心した。この世界を生きるのは大変だ。いくら自分で自分をちゃんとコントロールしているつもりでも、そう簡単にいかないのがこの世界。そして、それはみんな同じ。理はそれを改めて実感した。
「昔は色んなことに怒りをぶつけてたぞ」
「イライラすることも多かったからな」
「他人と衝突することなんか頻繁にあった」
「アハハ」
山岡との会話は理にとっては楽しい時間だった。この人が話す言葉はなぜかよく理解できる。「似た者同士なのかな」と彼は考えた。
「そういえば山岡さん、初対面のときも、ものすごく僕に一生懸命話してくれましたよね」
「おぉ、そうだな、普段あんなこと絶対しないんだけどな」
「そうなんですか?」
「そうだよ、自分でもなんで髙平くんに声をかけたのかよくわからないな」
山岡は首をかしげ、考えているような表情を浮かべる。
「僕、あのとき『もうイヤだって顔に書いてるぞ』って言われました」
「そりゃあ、髙平くんがほんとにそんな顔をしてたからだ、表情も暗かったし」
「アハハ」
「たぶん、君のことがなぜかほっとけなかったんだよ」
「そうなんですね」
「なんか、君を見て勝手に反応してた」
「おせっかいなの、わかってるくせにな」
理は山岡が自分のことを「ほっとけなかった」と言ったことが少し嬉しかった。そこまで言ってくれる人が、あの当時周りにいなかったからだ。
「いや、僕は嬉しかったです」
「そうか?」
「でも、それはたぶん、山岡さんだったから話を聞けたんだと思います」
「他の人だったら、気分悪くして帰ってたかも…」
「ワハハ、それはそうだよな、俺だって他人からとやかく言われたら気分悪い」
「いや、実際、僕あのとき気分悪かったですよ、図星を突かれて」
「それは悪かった、でもあのときは君がどう思おうと、どうでもよかった」
「ほっとけなかったから」
理は山岡との出会いに偶然じゃない何かを感じた。それが何かはわからなかったが、「こういうのを『いい出会い』って言うのかな」と感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます