深いところにいた、本当の自分

こもれび

第1話 はじまり

 静かな朝。部屋にはノートPCのタイピング音だけが響く。キーボードを叩く手を止めると、男は机の上のコーヒーを一口。そして、タバコに火をつけ、椅子の背にもたれた。


「フゥ~」


 煙を吐きながら窓の外へ目をやると、木々が朝日を浴びて、とても気持ちよさそうに見える。小鳥のさえずる声も心地いい。彼はそれに気を良くしたのか、口元を緩めた。


 その優しい表情のまま、再びノートPCの画面に目をやる。そこには途中まで書いたあとがきが。どうやらあと少しで終わりそうだ。


 ――あと少し


 そう思った彼は昔の自分を思い出す。小説を書き始める前の自分を。


 ――あの頃はまだ自分のことがよくわかってなかった


 手に持ったタバコを口にくわえると、机の引き出しから一冊のノートを取り出す。ページを開けば、そこには過去に自分が書いた自問自答がたくさん記されていた。彼は懐かしそうな表情を浮かべ、他のページも見てみる。


 どのページもしっかりと書かれていて、その内容のひとつひとつが、当時のことを思い出させた。


「山岡さん、元気かな」


 過去を懐かしんでいた彼の頭の中に、ふと山岡のことがよぎる。以前とてもお世話になった人物だ。そして、彼が変わるきっかけになった人物でもある。と言っても、それほど同じ時間を過ごしたような仲ではない。


 それでも彼にとっては大切な人。憧れてもいた。昔は自分自身の本音になかなか気付けず、モヤモヤして過ごしていたが、今では自分の人生を生きている。その始まりは山岡との出会いがあったからだ。


 特別何かをしてもらったわけではない。きっかけを与えてもらっただけ。その他のことは全部自分。そう、全部なんだ。自分で考え、自分で答えを出す。これができるようになったのは、まず最初にきっかけがあったから。


 今では自分の思いどおりに近い暮らしをしているが、以前はそうじゃなかった。色んなことに違和感を抱えながらも惰性で生きる。自分のことはよくわかっておらず、周囲に振り回されることもしばしば。だから人生にとても疲れていた。自分のことがイヤになるほど。


 でも、自分の人生は変えられた。変えることができた。目の前の世界が一瞬で変わるようなことは無かったが、それでも確実に変わっていった。それは自分を知って、生き方が変わったから。


 彼はこの数年間で身をもってそれを学んだ。最初は少しの変化でも、続けていくと次第にその変化はより強くて大きなものになる。そして、気が付けば、自分の思いどおりに生きられるようになっていた。


 これは何も特別なことではない。誰にでもできることだ。才能なんて関係ない。自分らしく生きるには自分を知ればいい。自分の人生は自分しか生きられないのだから。

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