03

いつからだろう、雄一と付き合うようになったのは。はっきりとした告白があったわけじゃない。ただ自然の成り行きとでもいうのだろうか、一緒にいることが当たり前になっていった。


そうしてある時から雄一は私の家に頻繁に来るようになり、いつの間にか同棲が始まり今に至る。


恋愛らしい恋愛をしてこなかった私は、新しい恋にほんの少し浮かれた。これからも雄一と一緒にソレイユを経営していこう。そう思っていた。


だけど――


何がきっかけだったのか、わからない。

ほんの些細な出来事に、雄一は声を荒げるようになった。


「シャツにアイロンかけておけよ」

「そんなこともできないのかよ」

「誰のおかげで店が潰れないでいたと思うんだ」


言い返したいのに言い返せない。言い返してもその何倍も多く言い返される。キリがないのだ。そしてソレイユのことを言われると、黙るしかない。雄一に助けてもらったことは事実だからだ。


悔しくて惨めで、でもどうにもできない毎日。嫌気が差したとしても、それでも朝はやってくる。ソレイユが開店すれば、雄一はとても穏やか。私を嘲り罵っている雄一はどこにもいない。


それだけが、救いなのかもしれないな――


そんなことを思い出しながら仕事をしていると、カラランと扉の開く音がした。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは」


こちらも常連のお客様。弁護士の石井さん親子。お父様が私の祖父と懇意にしてくださっていて、そのつながりで息子さんもソレイユに来てくださる。でも二人一緒は珍しい。


「今日はお二人でいらしてくださったのですね」

「別々に外に出てたんだけど、ちょうどそこで出会ってね」

「まあ、たまには父とランチもいいかと思いまして」


石井さんの息子さん、穂高さんはボストン型フレーム眼鏡の奥で柔らかく微笑んだ。笑った顔はお父様と似ていて、とても優しい雰囲気。いつも彼らの優しさに包みこまれる気持ちになる、素敵なお客様。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る