第16話 VS五十鈴
次の日の朝。運と久遠の泊まる旅館に五十鈴が訪ねてきた。
「いかがでしょう? 今日は里を案内しようかと思い伺いましたが」
それに久遠が応える。
「ありがとうございます五十鈴さん。でもいいんですか? 昨日、族長と話をしていたときも不思議に思ったんですけど、大規模な侵略が噂されているような時期にこんなにノンビリとしていても……」
「父が言うには、オクヤの里は幾重にも張り巡らされた結界により害意のある者はここに辿り着くことさえできないとのことではありますが……」
「五十鈴さんは万が一のことを想定しているんですよね」
「はい。ですが父も、里の者も、ふたこと目には天の意に従うなどとまるでこの地を離れようとはしません」
五十鈴は無念とばかりに首を振る。
「エルフの方々はそういったお考えの方が多いのですか?」
「そうですね……エルフは長命ですから、数十年も生きるうちに生への執着が薄れる者も少なくありません。むしろ我を失い逃げ惑うよりも最期のときまで思想に耽っていたいのが多数派なのでしょう」
「なんか悟ってんなー」
少し重くなりかけた空気を読まずに運が呑気に言った。
「もう! お兄ちゃん! この問題には私たちの生活もかかっているんだからね?」
「わかってるよ」
「わかってないよ。いくらお兄ちゃんがデタラメに強くたって相手は公国軍なんだよ? まず数が圧倒的だろうし、機動兵器トラクターだっけ? あのロボット兵器も出てくるよね。もしかしたらチート能力の転移転生者すら何人か揃えてくるかもしれないんだよ?」
「大丈夫だって。俺、今となっちゃあ轢かれる側の転移転生者に負ける気しねーし」
兄妹のかけあいを聞いて五十鈴は驚いた顔をした。
「……!? 運殿? 久遠殿? それはいったいどういう意味なのですか?」
驚く五十鈴に久遠は微笑みで返す。
「五十鈴さん。昨日ひと晩お兄ちゃんと考えたんだけど、私たちもエルフ族と一緒に公国軍と戦うことにしたから」
久遠の言葉を聞いた五十鈴はたちまち戸惑い両手を小さく泳がせた。
「ダ、ダメですよ。危険です!」
「どうしてだ? 五十鈴も戦うんだろ?」
「それは、私は同じエルフ族だから……」
当たり前のように言い切る運に五十鈴は言葉を濁しながら視線を逸らした。
「じゃあ俺たちも。仲間だからな」
「仲、間……?」
「ああ。短い間だけど一緒に旅をしたろ? それにこれから商売でも世話になる。これが仲間じゃなくてなんだっていうんだ?」
「運、殿……」
「ま、そういう訳なんでな。微力ながら、俺たちも助太刀させてもらうことにしたよ」
「……本当に、いいのですか? だって運殿たちは安寧の地を求めてチリヌ公国に来たはずでは……? それなのに公国軍と争うようなことになってしまっては……」
「なんとかなるさ! だって公国だって一枚岩じゃないんだろ?」
「そ、それはそうですが……」
「言っておくが、相手に数で攻められると俺一人じゃあまり役に立たないからな」
「それでも、とても心強いです。ありがとうございます」
五十鈴は頭を深く下げた。
「ま、これからもよろしくな」
「はい! こちらこそ、運殿!」
運と五十鈴が強く握手を結んだ。
「もう! 五十鈴さん、私もいるし~」
「も、もちろんです久遠殿。久遠殿もありがとうございます」
五十鈴は久遠の手を両手で取って礼をした。
「そうなると……実は、運殿に一つお願いしたいことがあるのですが」
久遠の手を離した五十鈴は姿勢を正して正面から運を見た。
「うん? なに?」
「実は、私と手合わせをしていただきたいのです」
「手合わせ?」
「はい。運殿の実力については初めてお会いしたときから並々ならぬものがあると思っておりましたゆえ。いつくるかもしれない戦いに備え、実戦経験を積んでおきたいのです」
「なるほど。そういうことだったら、こちらこそ望むところだ」
「ありがとうございます。それでは準備ができましたら昨日の中央公園で待ち合わせましょう。私も準備をしてまいりますので一度失礼いたしますね」
そう残して五十鈴は立ち去った。
中央公園で待ち合わせた運たちはそのあと五十鈴に連れられて人の少ない森の中に移動した。
「さて、ここなら思う存分戦えるでしょう」
そこは森の中とはいえ適度に広い空間であり、広く平面を使いつつ、木々を活かした立体的な戦い方もできそうな模擬戦場だった。
「準備はいいですか運殿」
「もちろん。イグニッション、フォークリフトモード」
ナヴィによって洗練されたデザインとなったトラック装甲の鎧をまとう運。
――お、これはちょっとロボット感があってカッコいいぞ? 何よりこのツノ。ナヴィ、男のロマンがわかってんな~。
「お兄ちゃん、五十鈴さん。準備はいい? 始めるよ」
久遠の掛け声で両者ともに構えた。
「始めっ!」
開始と同時に飛び出したのは運だった。
初速から最高速度のロケットスタートで一気に距離を詰めてのショルダーチャージの構えであったが、それを迎え討つ五十鈴は刀を鞘に納めたまま目を閉じて精神を研ぎ澄ませていた。
「居合い・閃」
運が間合いに入った瞬間、五十鈴の瞳は開かれた。
――これはヤバイ! スキル自由旋回で真うしろに回避だ!
思考加速によりそれを察知した運は素早く後方に飛び退くが、五十鈴の剣先がわずかに早く運の右手の装甲を二つに斬り裂いていった。
「さすがは運殿、これをかわしましたか」
「そちらこそ。普通はこの装甲、斬れないはずなんだけどな」
「ふふ、精霊の力を宿した刃ですからね」
「それは厄介そうだ」
二人は仕切り直しとばかりに構える。
――リーチ的にまずいな。どうしても居合いの間合いを攻略する必要がある。何か使えそうなものはないか……?
「どうしました運殿。こちらから行きましょうか?」
「いや? 今いいことを思いついたところさ」
そう言って運は新たに二本の剣を両手に生成した。
「ワイパーブレード」
「ほう。剣も使えましたか」
「行くぞ!」
再び最高速度で飛び出す運。間合いに入ると同時に繰り出される五十鈴の居合い斬り。運も素早く反応し片方の剣でそれを受ける。
「くっ! やはり受けるにはブレードの強度が足りない、が!」
「! しまった! 一本の剣は下から居合いをいなす為の剣!」
五十鈴の居合いをなんとかいなし、すかさずもう一本の剣で反撃に転じる運。
「くっ! ウインドブロー!」
居合い斬りを外し崩れた体勢のまま風魔法を放ち、その反動で後方へ飛び退く五十鈴。
「くそ! しかし体勢を崩したな!」
間髪置かずそれを追い詰める運。
「ウインドブレード!」
風の斬撃を放って運の追撃を防ぐ五十鈴。
――ここで突き放されるとまたあの居合いを掻い潜るのはちと厳しい! ここは突っ込む!
「うおおおおおおっ!」
いくつもの風の刃を、装甲を盾に正面から突き破って距離を詰める運。
「くううっ!」
体勢を崩している五十鈴と剣をつき合わせること十数合、いよいよ押され気味の五十鈴に運の剣が届くと思われたときだった。
「アクセラレート!」
瞬時に加速し後方に飛びのく五十鈴。運の剣先はその残像を斬ったに過ぎなかった。
両者はまた距離を取って構え直した。
「くそう。魔法が厄介だな」
「なるほど。運殿の弱点がわかりましたよ? 次はこちらから行きます!」
五十鈴は一度剣を鞘に納め、右手を前に突き出した。
「サンドストーム!」
運の足元から砂塵の竜巻が発生し、それが運の視界を完全に遮った。
「くそっ! 何も見えない! が、こちらにはスキル衝突回避支援システムがある……なにぃ!? 砂塵でミリ波レーダーが妨害されて何も見えねぇ」
「ウインドブレード!」
そこへ背後から飛んでくる衝撃波が運に直撃した。
「くっ! うしろか」
「まだまだ! ウインドブレード・乱打!」
と思えば今度は前から、右、左と全方位から飛んでくる斬撃に運は翻弄された。
「思ったとおり! 運殿の弱点は遠距離からの魔法攻撃ですね!」
運を取り囲む砂塵のまわりを高速移動しながら斬撃を放ち続ける五十鈴。
「何も見えないし、手も足も出ない! こうなったら一度空に飛んで逃げるか」
「そうはさせません! アースバインド」
突如足元から隆起した土壁により下半身を完全に拘束される運。
「くっそ! やべぇ。逃げらんねぇし、振り返れん!」
「言っておきますが、降参するまで一切手は抜きませんよ!」
振り返れない運の背後から集中して斬撃を放ち続ける五十鈴。砂塵も継続したままだ。
「これは本当にやべえ。居合い斬りほどじゃないにしてもこれ以上は装甲が保たない」
――五十鈴、まさかこんなに強かったとはな……。
一方的に不利な状況にあっても運は自然と笑っていた。
――これはもう、出し惜しみしている場合じゃねえな。
「運殿。意地を張っていると、そろそろ遠慮なくトドメに行きますよ!」
一時的に斬撃がやんだ。そして五十鈴は剣を鞘に納め、居合いの構えを取る。
「迷ってる暇はねえ。換装! ユニックアーム!」
その一瞬の隙をついて運は切り裂かれた右手の装甲を換装した。ユニックとはトラックに設置されるクレーンのことであり、先端にはワイヤーで伸びるフックが付いている。
「運殿! トドメです!」
五十鈴は身動きのできない運の背後から居合いの構えのまま飛び掛った。
「間に合えっ!」
運はそれとほぼ同時に真上に向かってワイヤーフックを伸ばしていた。
「お覚悟! 居合い・閃!」
放たれる五十鈴の居合い斬り。果たしてそこに運の姿は。
「なっ!? いない!? どこに!?」
「上だ!」
運は上空の樹の枝に巻き付けたワイヤーを巻き取り、その場を逃れていたのだった。
「くっ! さすがは運殿! しかし自ら居場所を明かすなど!」
「こっちを見たな?」
「!?」
五十鈴が運のいる上を見上げると、運は余裕の笑みを浮かべていた。
「ヘッドライト・ハイビーム!」
「うっ! 眩しいっ! 目がっ!」
運から放たれた強烈な光によって一瞬にして視界を奪われ怯む五十鈴。
「ようやく隙を見せたか」
その隙に五十鈴の背後に回り込む運。
「くっ! まだっ!」
闇雲に背後に剣を振り払いながら後方に逃げようとする五十鈴。
「逃がさない。シートベルトバインド!」
そしてその最後の斬撃をかわしながら、運はひも状に伸びる拘束スキルで五十鈴の身体を完全に拘束したのだった。
飛びのいた勢いのままに地に倒れた五十鈴はそのまま身動きができなくなった。
「はぁ、はぁ……参りました。完敗です」
「はぁ、はぁ……正直、こちらも苦し紛れだった」
二人は肩で息をしながらもお互いの健闘をたたえた。
「まさか運殿がこんな手を残していただなんて……」
「五十鈴こそ。間違いなく今まで俺が戦ったなかで……って、うわ、ごめん」
運は五十鈴の姿に気がついて即座に背を向けた。
「運殿、どうかされ……へわっ!?」
五十鈴は倒れ込んだ勢いで
「み、見ないでくださぁい……」
「み、見てない! 今すぐ拘束もはずすから」
「んっ! いやあ、ヒモが擦れて……んっ!」
「ご、ごめん。うしろ向いてるから見えなくて」
「み、見ないでぇ……んんっ!」
そこへ杖を振り被って飛んでくる久遠。
「このぉ! お兄ちゃんの、へんたああああいっ!」
その全力の一撃は完全に無防備の運の後頭部に直撃し、運は気を失った。
こうして運VS五十鈴のラストマンスタンディングはまさかの久遠で終結したのだった。
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