第29話 正義

 モルベリアへは馬車を使うとすぐに着いた。金の力は偉大だ。しかし到着したところで宝の眠る正確な位置は分からない。なにはともあれ現地人の協力が必要だ。



 という訳で、マクベスさんの屋敷へと足を運んだ。「モルベリアの領主と面識があるんなら、挨拶ついでに情報をもらっとけ」というネロの助言だ。



 門番さんに、マクベスさんに挨拶をしたいと話す。この屋敷に滞在していた時の顔見知りなので、スムーズに話が通った。だがマクベスさんには別の客との用事があり、今日は面会できないだろう、とのことだった。



 とりわけ急いでいる訳ではない。日を改めようと踵を返す俺達の前に、一台の馬車が止まった。それは俺達が乗ってきたような、物資と乗り合いの大型ワゴンみたいな車ではなく、華やかな装飾をあしらった、人を乗せる為だけの豪奢な車だった。



 御者がドアを開き、降りてきたのが、恐らく門番さんの言う"客人"だろう。厚手のシンプルな白いローブを纏いターバンを被った痩せぎすな男だ。はり金みたいな髭に神経質そうな切れ長の目、なんだか蛇のような印象を受ける。そして、恐らくは偉い人だ。



「……ん?ジジ、どうしたよ?袖引っ張んな」



 脇へ避けると、カロがそれに気がついた。コゼットさんが、彼の大きな体躯の影に身を隠そうと不審な動きをしていたのだ。そのか細い腕は震えていた。



「おや。汝は……」



 そして、彼女の妙な挙動に気がついたのは俺達だけではなかった。はり金髭の男はわずかに目を大きくし、コゼットさんへ視線を注ぐ。ひどく冷ややかな、体温を感じない目だ。すると蛇に睨まれた蛙という表現ぴったり、彼女の身は固まってしまった。



 どうする?コゼットさんの手を取って逃げるか?そんな考えが頭をよぎる。いや、なにをバカな。そんなことは、俺達のすねに傷があると知らせるようなもの。それに今度は逃げ切れるか分からないのだし、なにより、なにひとつ知らないカロをも巻き込んでしまう。



 頼む。どうか、なにかの見間違いであってくれ。



「"コゼット"か?」



 はり金髭の男の、抑揚のない声が、思考の膠着を解いた──終わった。俺だけでなく、コゼットさんも、そう思っただろう。



 だが──



「身を隠さずともよい。もはや汝の罪はそそがれている」



「え?」



 彼が紡いだ言葉は、彼女を縛る鎖をあっさり断った。



「……は?なに、罪?誰の?つーかアンタも誰」



 状況を全く飲み込めないカロが頭を振り回すが、男はそれに何一つ答えることはない。完全に無視していた。



「マクベスに礼でもしに来たのか?であれば丁度いい。吾輩も、あの頑固者に用があってな。汝らであれば同席を許そう」



 男はそれだけ言って、屋敷に向かう。常に淡々とした態度だったが、重々しいプレッシャーを放つ人だった。彼が歩を再開した時、緊張の糸が解かれ、どっと冷や汗が溢れた感触を覚えている。そしてコゼットさんも全身の力が抜けてしまったのだろう、膝から崩れ落ちてしまった。



 結局、門番さんに手伝ってもらい、俺達は脱力状態の彼女を客室へ運びこむと、ベッドに彼女を寝かせてカロに看病を頼むと、俺だけで貴賓室へ向かった。そこでマクベスははり金髭の男と会談しているという。



 男とコゼットさんの関係は明確に分からなかったが、あの怯えよう。恐らく彼女が投獄された件の関係者だろう。こんな状態の彼女に無理をさせるわけにもいかない。



 貴賓室で、顔を明るくしたマクベスさんに挨拶をすると、早速、先ほど門前で起きたことを彼に話した。そこで彼の口から告げられたのは、なんともあっけのない、彼女の逃亡劇の幕切れだった。



 結論を言ってしまうと、コゼットさんは濡れ衣を着せられていた。



「"異端者"とは"急進共和派"に対する中央の隠語だ。"異端者"は奴隷解放と、武力による王政廃止を画策していた。その陰謀に不幸にも彼女は巻き込まれてしまったのだ」マクベスさんは苦々しく語った。



「彼奴らは"人間リタ"の自由と平等という正義を掲げ、ヘドニアに変革をもたらそうとした。まぁ、吾々われわれの努力で革命の萌芽は露と消えたがね」はり金髭の男は悠々として、王も枕を高くして寝られたことだろうと紫煙をくゆらせる──彼の名前はゲマラ。コゼットさんに死刑を宣告した判事だと、マクベスは説明した。



「"異端者"は露天商に扮して、商品に見せかけた物品に暗号を仕込み、相互に連絡を取り合っていた。用心にも"曲用の魔法"をかけてな」



 丁度こんな壺だったと、ゲマラは指をくるくると回すと、手に持った葉巻を窯焼きの小壺に変えて見せた。



「あのむすめは、"不幸"というほかない。手違いで"異端者"から暗号付きの小壺を購入してしまったこと。周囲の人間に"魔女"と思われていたこと……それが証言として認められたこと」



「奴隷に魔法が使えないなど、少し考えれば分かるだろう」



「自らの奴隷に、密かに魔法を教えている者は少なくないだろう?自分の仕事を手伝わせる為にな。懐かしいものだ」



 マクベスの反論を、しかしゲマラは飄々と交わす。かつて教えられたがヘドニアではテオンと異なり、魔法は庶民には手の届かない技術なのだった。



「なにより憲兵団が証拠の妥当性を認めている。判事の使命はそれらの証拠と被告の証言とを法と照らし合わせ、正しい判断を下すことだ。法は正義に準拠する。なれば此度の裁判でも、吾輩は正義に依って判決を言い渡した」



「なにを言う!全く不十分な裁判だ、疑うべきことは大量にあったはずだ!」



「マクベス、貴様は裁判にを持ち込み過ぎなのだ。だから未だにニ等判事に甘んじている。国家反逆は迅速な解決が求められる。奴隷の権利から考えれば、時間は十分に与えた。罪に問えるだけの証拠はあり、逆に被告の無実を証明するものは一つも無かった……」ゲマラは小壺を葉巻に戻し、息を整えるように吸った。「奴隷・・に対する裁判としては、何も間違ったことはなかったのだ。法に則った手順で、法に則った判決が下り、法に則った処罰が下った。ただそれだけのはずだった」



「それだったら、なんでコゼットさんが……」



「至極単純化すれば、憲兵の中に複数の"異端者"が居り、証拠を捏造した。それだけのこと。奴隷解放を謳いながら、己が失敗を隠蔽する為に奴隷に濡れ衣を被せたのだ」深く吸い込んだゲマラは酷く不味そうに煙を吐いた。「大した正義・・だ」



 マクベスが付け加える。「君たちが去った後、私は事件について個人的に調査する為に都へ渡ったんだが、そこで"異端者"からの勧誘を受けてな、そこから真相が見えてきたんだ」



「吾輩は貴様も"異端者"と考えていたがな。いかにも貴様のような正義漢ぶった思想じゃあないか」



「思う所が無かったと言えば嘘になる」マクベスは片方の眉を上げた。「だが、民であれ王であれ、血が流れるような思想を、断固として許容することはできない」



「頑固者め」ゲマラは頷き、今度は俺に問いかけた。「……あのむすめに伝えるかね?」



「言えるわけないじゃないすか……」発端も顛末も、心底、胸糞が悪い。これで目の前のゲマラが悪徳判事であれば、諸悪の根源であれば、この怒りもぶつけられたものだが、彼は自分の仕事を全うしただけだ。結果論から、判決は間違っていたじゃないかと彼の落ち度をあげつらうことは出来るだろう、だがそれは八つ当たりのようなものだ。「罪が晴れたとだけ、伝えますよ」



 それに……俺は当事者じゃない。彼に何かを言えるとしたら、彼女・・だけだ。



「ただ、コゼットさんが起きたら、謝ってくれますか?」



「……無論だ」そう言う彼の顔が、少し安らかになった気がした。



「なっ……?」ゲマラの言葉に、目を丸くしたのはマクベスだった。「お前……謝れるのか?」



「当たり前だろう。吾輩をなんだと思っている」



「機械かなにかだろう」



 マクベスの言わんとする所は分かる。なんというかゲマラは、ルールが絶対の、杓子定規で機械的な、冷たい人間に映る。というかそうだろう。そして、そういう情のない人間を、マクベスが嫌っているというのも分かる。



「ところで二人って仲がよくないハズなのに、なんで集まってるんですか?」



「まぁ……時には嫌いな人間と手を繋がなきゃいけないんだ」そう言ってマクベスは肩を落とした。大人な答えだ。



「吾輩は別に、此奴のことを嫌ってはおらん」



「あ、そうなんスか?」



「いいや、嘘に決まっている」



「判事たる者、嘘は吐かぬ。ただ貴様の傲慢さと、お節介な人情と、人のことを分かったような態度と、その他諸々の人間性が気に食わんだけだ。貴族・・特有のな」



「それは嫌い・・っていうんじゃないですか?」



「いや。個人的な……嫉妬だ」

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