終焉の弾丸

必死で考えろ…考えろ…心の中で叫ぶ。ほとんど反射的に、顔面を狙う彼の拳を右へと身をかわす。勢い余った彼の手が床に当たり、一瞬動きが鈍る。その隙に腕を掴み、勢いと体重を逆手に取って、ワニが獲物を引き裂くような激しいひねりでバランスを崩させる。クリーアンが体勢を失う一瞬、状況がまた手の内に戻ってきた。


膝立ちになり、呼吸を整える間もなく、怒りと絶望に突き動かされてクリーアンに飛びかかる。しかし、相手は侮れない。驚異的な速さで反応し、突進を受け止め、正確なキックを肩に打ち込む。肩から全身に痛みが走り、倒れ込む。汗と血にまみれたまま、床に転がる。


目が合う。互いの怒りが滲む視線。「まだ終わらない」と心が叫ぶ。相手も同じ思いかもしれない。剣闘士が最後の一撃を交わすように、ほぼ同時に立ち上がる。


彼が先に仕掛ける。拳が顔面へ伸びるが、先ほどの衝撃で反射神経が研ぎ澄まされている今ならわずかにかわす。すかさずカウンターを放つが、クリーアンは狡猾だ。拳を宙で捕まえ、腕を引き、バランスを崩させる。首に腕を回して締め上げてくる。


喉が圧迫され、光が薄れる。狭いストローから必死に空気を吸おうとするような苦しさが肺を焼く。意識が遠ざかり、鼓動が耳鳴りになり、視界に黒い影が揺れる。こんな場所で死ねない!本能が叫ぶ。


肺が燃えるようだが、僅かな力を振り絞り、彼の肝臓あたりへ素早く連続の拳を叩き込む。彼の息が詰まる気配があり、締め付けがわずかに緩む。その隙に首から腕を逃がし、ようやく呼吸ができる。


息を整える暇もなく、髪が視界を覆い、目が霞む。何とか体勢を立て直そうとするが、黒い影が迫る。逃げなきゃ…と思う瞬間、固い衝撃が顔面を直撃する。思考が飛び、意識が吹き飛びそうになる。膝がリングに沈み、頭が無情な床に叩きつけられる。朦朧とした中、歓声や悲鳴が遠く聞こえるが、まるで別世界の音だ。


強烈な痛みが頭皮を引き裂くように走り、髪を掴まれて持ち上げられる。霞む視界の先でクリーアンの怒りと血への渇望が燃える瞳が嘲るように揺れる。「強いつもりだったか?」と低く唸る。答える間もなく、拳が降り注ぐ。皮膚と骨が軋み、鋭い痛みが洪水のように意識を侵す。必死にもがいても身体は動かない。恐怖の淵で涙が汗と血の中を滑り落ちる。


もう限界か?首の痛み、血の味、エマの顔が浮かぶ。彼女にこんな姿は見せたくない。幻か現実かもわからないが、それが最後の抵抗を奮い立たせる。


声にならぬ「エマ…」が喉で詰まり、暗闇が迫る中、残った力で彼の腕を掴み、身をよじって振り解く。空気が肺に戻り、苦痛と疲労で目は霞むが、エマの幻が励みになった。


目を凝らすが、エマの姿はない。幻だったのかもしれない。それでも十分だった。腹の底から獣の咆哮がこみ上げる。「ここで終わりだ!」喉が枯れた声で叫び、両拳を握る。もう迷いはない。見世物をここで終わらせる。


全速力で突進し、即興の膝蹴りで彼を金網に叩きつける。激突音が檻の中で響く。さっきまで死にかけていたのに、今は強烈な炎が身体を駆け巡る。痛みは遠ざかり、拳が勝手に動く。殺傷本能のように正確に彼の顔を狙い続ける。一発、二発、三発…血飛沫が拳と指を染め、彼の顔が崩れていく感触が狂乱を煽る。


「それが全力か?」クリーアンが血塗れの笑みを浮かべる。痛みを楽しむようなその表情が炎を再び煽る。理性は遠のき、身体が狂気のダンスを踊る。


しかし簡単には倒れない。次の一撃を防がれ、拳と拳が交差する。血と汗が肌を伝い、視線が交わる中、首に手を回し、脚を腰に絡め、逃がさないよう固定する。蛇のような絞め技で拘束し、頭突きを繰り返す。骨同士がぶつかる湿った音。血が視界を染め、どちらの物かわからない。


世界が揺れ、意識が霞む。それでも止まらない。この無謀な執念で頭突きを続けるが、もう限界が近い。しがみつく力が弱まり、重力が身体を引きずる。まるで闇の中で漂う不思議な平穏が訪れる。


観客の喧騒が遠ざかり、スポットライトが星屑のように瞬く。これが最後の旅の前兆なのか。そのとき、黒い影が視界を塞ぐ。かすむ視界にクリーアンがいる。もう何もできないのか?


光がにじみ、彼の怒れる瞳が見える。指が首を掴み、持ち上げられ、息ができない。「飛べるかい?」とあざ笑う声と同時に拳が顔を砕く。世界が真っ暗になり、砕け散るような感覚が走る。


血の味が口中に広がり、脳内で断片的なイメージが乱反射する。観客の叫びが荒れ狂うが、遠く聞こえる。視界の端でバスティアンの姿が見える。巨人のように立ち尽くし、手が腰元へ伸びる。「やめろ、バスティアン…」と心で訴えるが声は出ない。


再び頬を打たれ、視界は赤黒く染まる。血が喉を満たし、息が詰まる。世界が白熱音から沈黙へと落ちていく。


突然、乾いた鋭い音が世界を裂く。銃声だ。


恐怖が電撃のように走り、頭に一つの名が反響する。「バスティアン…」

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