第12話 女性のセールスマン!
寮の固定電話は、まず鳴ることが無い。普通、僕の携帯に電話をかけてくる。ということは、これはセールスだ。営業の電話に間違いない。普段の僕なら電話に出なかった。だが、その時はモヤモヤしていたし暇だったので、セールスとわかっていながら電話に出た。
「はい」
「もしもし、こちら株式会社〇〇〇〇の五十嵐と申します」
若くてキレイな声だった。明るい。やっぱりセールスだ。
「崔と申します。今日は、なんの御用でしょうか?」
「実は、今日は大変お得なキャンペーンについてお知らせしたいと思い、電話しました」
「なるほど、初頭効果か、最初の掴みやな。でも、掴みにしては弱いな」
「えーっと、それで、キャンペーンのお話なんですけど」
「はい」
「今度、ジュエリーの即売会があるんです」
「ジュエリー? どんな?」
「指輪、ネックレスなどが主な商品です」
「ふーん、それで?」
「女性だけでなく、男性にもお得なイベントなの!」
「具体的には?」
「婚約指輪とか、男性はよく買うのよね」
「婚約していない人は? 指輪やったらサイズはどうするの?」
「大丈夫! 石だけ買えばいいんだから」
「なるほど、石だけ今買っておいて、婚約者が出来たときにその石を使って婚約指輪を作るわけか、それは上手く考えたなぁ」
「ね! いいアイディアでしょ? だから男性の人気があるのよ」
「なるほどね、で、どこがお得なの?」
「今、イベント参加の申込みをしてくれたら、30%引きになるの、お得だと思わない?」
「思わない。宝石の原価がわからないから」
「そんなノリの悪いことを言わずに、イベントに参加してよー! 今月末までのキャンペーンだから」
「今月末やったら、もう、あと1週間しかないやん」
「そう! だから今だけ! 今だけのお得なキャンペーン! 宝石のことがよくわからない方には、私、五十嵐がアドバイスします。損はさせません」
「五十嵐さんが信用出来る人なのかどうか? わからへん」
「じゃあ、一度だけ会ってみる? 会ってもいいよ、お茶くらいなら付き合うけど」
「っていうか、いつの間にか自然に敬語じゃなくなってるけど、これはわざとやってるやろ? お客さんに親近感を持たせるためなんか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、えへへへへ」
「いや、お客さんの質問に対して“えへへ”はアカンやろ? 随分と楽な営業をしてるんやなぁ、僕が営業してた時は、もっと緊張感があったけど。まあ、個人向けの営業と、法人向けの営業のスタイルが違うのはわかるけど」
「楽な営業なんかしていません」
「それと、“今だけ!”とか“いつ迄!”とか、締め切りを設定するのも営業のテクニックやろ? 随分と基本的な営業のパターンやな」
「基本的かもしれません。でもね……」
「出た!Yes、but法。いったんお客さんの話を受け止めてからの反論、おもしろいくらい初歩的な営業やなぁ」
「なんと言われようが、これが私の営業スタイルなの」
「ほんで、“1度会いましょうか?”って、それってデート商法やんか」
「デート商法じゃないです」
「ほな、なんでこの寮の固定電話の番号を知ってるの? どこかでリストを買ってるやろ? 個人情報の取り扱いには厳しくなってるで。まあ、それでも売る奴がいるから買う奴がいるんやろうけど」
「営業には、リストが必要なの。リストを買うことを、私は悪いとは思わない」
「悪いとは言わへんよ。確かにリストは必要や。ただ、僕の部屋の電話番号がリストに載ってるっていうことは愉快じゃないけどね」
「じゃあ、私の営業のやり方に口を出さないでください」
「ごめん、もう少し言わせて。彼女のいない、独身寮に住んでるモテない男をターゲットにしてるやろ? お茶して恋人気分を演出してイベントに呼んで買わせる、それって、モテない男を食い物にしてるみたいで気分が悪いわ。モテない男がかわいそうやんか」
「そういうあなたはモテるんですか?」
「モテへんよ。ブサイクやもん。今、彼女はおらんし。でも、女性に不自由はしてない」
「それで、あなたは女性に指輪やネックレスをプレゼントしたことあるの?」
「あるに決まってるやろ。僕、バツイチやで。子供はおらんけど。70万の婚約指輪を買ったことがあるわ。当時の給料3ヶ月分弱。定価は100万やで。30%引きや。まあ、定価100万というのが嘘っぽいけど。ダイヤや。大きい石やったわ」
「あなた、バツイチ? あなた、年は?」
「27歳。もうすぐ28やけど。そっちは?」
「25.もうすぐ26.あなたの2つ下」
「25歳か……それなら、頑張ってる方やろなぁ。まだ、入社して3年くらいやろ?」
「私、岡山支店の支店長よ」
「うん、良かったやんか、認められるというのはええことや」
「とにかく、私はこのやり方で売りまくってきた! 私は自分の営業力に自信を持っているの。悪い?」
「あ、そういうところは素敵やと思うで」
「え? どこが?」
「自分の営業力に自信を持っているのは素晴らしい。自信が無かったら売られへんもんなぁ。自分と、自分の営業力に自信が持てるのはええことやと思うで。ポリシーも必要やからなぁ。まあ、僕も厳しいというか、意地悪なことを言い過ぎた。ごめんやで」
「私を認めてくれるの?」
「うん、いい営業マンになってください」
「あのさぁ!」
「明日、会わない?」
「それは嫌や」
「どうして?」
「この手の営業は美人とイケメンが採用される。多分、五十嵐さんは美人やと思う。五十嵐さんに会ったら惚れてしまうと思うから」
「惚れてもいいじゃん、会おうよ。会ってみたい」
「……わかった。明日は金曜やな、ええよ。何時にどこ?」
「○○時に○○でどう?」
「それでええよ」
翌日、僕を待っているスーツ姿の女性を発見した。予想以上に美しく、やっぱり僕は惚れてしまった。久しぶりの一目惚れだった。
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