第19話 華やかな舞踏会に役者は揃う

 馬車の外に踏み出し、まるで決戦を前にしたような勇ましい心持ちで学院を見上げる。荘厳な建物が今日ばかりは、まるで立ちはだかる敵の王城のように見えた。


 日頃、講演に使われる一番大きな講堂は、華やかな舞踏会の会場へと姿を変えていた。

 壁際のテーブルには豪華な食事が並び、この日のために雇われたであろう給仕たちが銀の盆を手にし、賓客へと飲み物を配り歩いている。


 葡萄酒と花の添えられた果実水のグラスを受け取ったキースは「ノンアルコールな」と片方を私に渡して笑う。


「ありがとう。ね、アリシアを探したいの」

「バンクロフトのお嬢さんだな」


 元より承知だとばかりにキースは頷くと、私の空いている手を掴んで自身の腕に添えさせた。

 なんだかこうして歩いてると、本当に社交界でエスコートをするパートナーみたい。


 布地の上からも分かる逞しい腕に、どきっと胸が震える。エルフの血も流れてるからか、キースは剣士のわりには細身だけど、こうして触れると、やっぱり男なんだなって思わされた。

 それに、悔しいくらい綺麗な顔をしているから、お伽噺の王子様みたいだ。周囲の女の子達もこちらを気にしている。


「全学年なだけあって、凄い人数だな」

「え? うん……どこだろう、アリシア」


 息を整えるように深呼吸をし、あたりを見回した。そうして探していると、すぐに見覚えのある横顔を見つけた。

 ただしそれはアリシアではなく、今もっとも会いたくない人物──ネヴィンだ。長い灰褐色の髪を後ろで束ねる彼に同伴の姿はなく、誰かを探しているような様子だった。


 足がすくみ、キースの腕に力がかかる。立ち止まった私を見た彼は、少し眉をしかめた。そうして私の視線の先を探って、小さく「あいつか」と呟く。


 瞳を細めたキースが静かに息を吐く。それは、敵を黙視したときに見せる彼の癖そのものだ。


「キース、ここで騒ぎは──」

  

 やめてよと言いかけたその時だった。


「あら、ミシェル。やっと観念したのかしら?」


 穏やかな声が横からかけられた。振り返ると、淡い空色のドレスに身を包んだアリシアがふくよかな胸を揺らして近づいてきた。横にいるのはパークスだ。


「アリシア! よかった。探してたの」

「ふふっ、心細かったって顔ね」

「そ、そんなことないもん!」


 図星をつかれ、恥ずかしさに耳まで熱くなったけど、アリシアの笑顔を見ただけで肩の力が抜けていった。


「それにしても……まさか、噂の彼を連れてくるとわね。正直驚いたわ。パークスを貸しても良かったのに」

「貸すって。アリシア、俺は君の所有物なのかい?」

「似たようなものでしょ?」


 げんなりとするパークスの横で、アリシアはけろっとした顔で答え、グラスを彼に押し付けた。すると淑女らしくドレスを摘まみ、キースに向かって挨拶を披露する。


「アリシア・バンクロフトと申します。キース様のお話は、かねてよりお伺いしておりますわ」

「お会いできて光栄です、アリシア嬢。バンクロフト商会のティールームは、よく利用させて頂いてます」

「ふふっ、今後もご贔屓に」


 本当のところは、初めて会うわけでもない二人だけど、当たり障りのない挨拶を交わすのは、この場に合わせてのものだろう。

 私だったら、そうすらすらと挨拶がでないかもしれない。


「アリシアはこういう場所、慣れてるね」

「人の集まるところに商機あり、よ」


 輝かしい笑顔を見せるアリシアの横でパークスがため息をつき、キースも苦笑する。

 商魂逞しいアリシアの様子にまた一つ肩の力が抜けた。

 グラスの果実水を飲み干し、通りすがりの給仕にそれを渡してから改めて会場を見回した。


 日頃、ローブ姿が多い学生たちだが、今日ばかりは誰もが着飾っている。とくに女の子は、誰か分からないほどの変身を遂げている子もいるわ。


 私も少しは淑女らしく見えているだろうか。そんなことをちらり考えてキースを見上げると、綺麗な緑の瞳が細められ、惚れ惚れするような笑みが向けられた。


「ほんと、絵になるわ。パークスもあれくらい甘い笑顔をしてみたらどうかしら?」

「自分で言うのもなんだけど、素材が違いすぎるよ。なぁ、それより……」


 感嘆のため息をついたアリシアの肩を叩いたパークスは、顎をしゃくると斜め後ろを見るように促した。


「あら、お邪魔虫がこっちに気づいたわね」


 アリシアの言葉に釣られ、二人が見る方を確認した私は表情を強張らせた。

 こちらを見ていたネヴィンと目があった。

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