第2話 死肉狩り

 目を、覚ます。すると、俺は自分の体が軽いことに気づいた。


 起き上がるとベットの上で、尻に柔らかい感覚がある。


「あ、起きた起きた。 2日間も寝てたから心配したよ」


「ここ、ホテルか…?」


「うん、あの場所からそこまで移動してないけどね」


「……とりあえず、礼を言う。 家までは自分で……」


「なに言ってんの? 下僕って言わなかったっけ?」


 あれ、本気で言ってたのか…? メルヘン脳なのはいいが、そういうのは妄想だけに留めて……


 ………いや、なんか出してた気がするけど、幻覚とか、気のせいだろ? 偶然闇金の車が脱線して、こいつが興味本位で〜みたいな……? それで案外傷も軽くて………うん、きっとそういうことだ。


「悪いが、これ以上妄想話に付き合いたくない」


「……お手」


「だから、礼はしたいけ」


 瞬間胸に鈍い痛みが走って、見ると心臓を植物の根が貫いていた。


 後ろを見ると、根はアンテイラの右腕から生えていて、スルスルと根は右腕に戻っていく。


「なん、で……」


「君がおかた〜い頭してるからかな」


 そのまま俺は、また倒れ、こ…………


「………?」


 倒れ込まない。というか、穴が空いたはずの心臓が、元に戻っている。


「まあ、あれだね。 不老不死の世界にようこそ」


 少なくとも、催眠とかじゃない。なにか不幸なことが起きているというのが、俺はやっと理解できた。




 _________________________




 その後街に降りて、アンテイラはチェーンのファミレスで俺を下ろした。


「どこまで話そうかなぁ…私の恋バナとか聞きたい?」


「…」


「うぇ〜…分かった、ちゃんと説明するって…」


 アンテイラは、呆れたような顔をする俺をみて、まるで赤ん坊でも宥めるように喋りかける。


「じゃあさらに改めてもう一度! 僕は6人の魔女の一人!『庭の魔女』のアンテイラ!」


「………ちゃんと説明してもらっていいか????」


「いや、本当で………さっき見たでしょ? もっかい同じ流れにしたいならいいけど」


「よし分かった。 信じる」


 流石にあんな目にまた会いたいと思えるほどMでもないし、さっき確かにあのどう見てもファンタジーな力を見た分、信憑性はある。


 それでも話の真意やらが見ない分警戒していると、アンテイラはスマホを手渡してきた。


「とりあえず、この動画見て」


 渡されたスマホを言われた通りに凝視していると、女が、ガラの悪そうな男3人に絡まれ出した。


 だが、特に動揺は見て取れない。こんな状況だったらなかなか怖そうだが…



 モニュ……



 次の瞬間…女は男達を


「!!」


 いや…吸収したと言う方が正しいか。女の体が一瞬肥大化し、男達はそこに埋め込まれていった。あまりの光景に、瞬きを忘れていた。


「いいかい、シカバネ君…これが僕達が今追っている、原初であり、元凶である魔女…『プロロメテス』またの名を『死肉の魔女』」


 死肉…二つ名は随分と物騒だな………


「10年前に、この魔女からメールが送られた………『13年以内に私に触れられれば、不死を殺す薬を、4本の中から一つやろう』とね」


「……それで?」


 確か、魔女は6人…つまり、このプロロメテスを除いた4人が死ぬことができるってことか……………魔女は死肉の魔女と合わせて2人余る計算な訳だが……


 ………いや、待て。


「それ、俺はどうなるんだ!?」


 こいつ、不老不死の世界にようこそとかなんとか言ってたよな!?!?これから不老不死で何億年とか冗談じゃないぞ!


 目でアンテイラに訴えかけると、何故か小馬鹿にしたように笑ってきた。


 いらっとするなぁ……


「いや、僕たちは不老不死だし、シカバネ君にも再生能力はあげたけど……君のは僕たちに比べたらそこまですごくないし老化もするし、太陽にでも突っ込めば死ねるから!」


 なるほど?だとしてもお前らは太陽に突っ込んでも死ねないのかよとか色々文句は出てくるが、もう一つ質問として…


「つーかさっきから、シカバネ君ってなんだよ!」


鹿羽しかば みね、略してシカバネ君!いいあだ名でしょ?」


 …無茶苦茶だ。


 アンテイラは自信満々そうだ。死にかけだったからという意味も込めてるんだろうが、侮蔑にもなりそうなくらいのあだ名だろうに。


 マイペースにも度が過ぎるとはよく言ったものだが…ひとまず、その「死肉の魔女」を一緒に探そう、という認識でいいだろうか。スケールの大きさも今はよく分からないが…それが終われば自由の身になれる…のだろうか。


「でも、その死肉の魔女とやらの話…10年も探せなかったやつを、俺がいるからって探し当てられるのかよ?」


「それは……」


 Ms.マイペースが何か話す前に、からんからんと音が響く。他の客が来たようだ。それも中年女性が5人ほど……


「場所変えようか…」


 騒がしくなるのを見越してか、アンテイラはコーヒーを飲み干し机に置いて、椅子にかけていた上着を手際よく着ている。


「別に出るのはいいが、どこにいくんだ?」


「僕の秘密基地」


 服を着終わったアンテイラは、子どものような無邪気な笑顔で答えた。




 _________________________




 愛知の都会の路上を、高級そうなフォルムをした黄色塗りの車が走る。フェラーリ…なんだろうか。アンテイラが運転しているが、明らかに日本製ではないのは確かだ。


「…お金、いくらあるんだ?」


「ん? そうだなぁ…昔から投資とか経営やってきたし、これくらいの車だったら、40,000台くらいならギリギリ買えるかなぁ…」


「よんまっ…!」


 えーっと…この車が……2000万とかで仮定して、それが………いや、惨めになりそうだから計算するのはやめておこう。そこまでの次元までいくと嫉妬するかも分からんが……


「というか、そこまで金があるならそれ使って探せないのか?」


 特徴的な顔とは言わないが、探し当てたら100万円とかでも言っとけば、現代社会なら一瞬で捕まえられるだろう。


 だが、予想と反して、アンテイラは苦い顔を向けた。


「無理…そもそも死肉の魔女は顔も体型も変えられるから、普通の方法じゃまず見つけられないだろうね」


 なるほど…きつい相手だ。日本は人口密度の高い都市もあるし、そこに紛れ込まれてしまっているとしても、過疎化した田舎で隠れて生きているにしても、10年を費やして見つからないわけもわかる。


 人の多さが逆に、隠れ蓑を大きくしているんだろう。


「だから、一度対立をやめて、全員で協力してプロロメテスを誘き寄せることにした」


「誘き寄せる?」


「そう、体が再生した人間の手がかりはあった…そして、それら全ての発見場所が、ゲームセンター、遊園地、カードショップ…場所は違っても、娯楽施設にばかり集中している」


 手がかりの傾向からまた手がかりを見出したってことか…傾向を見出すまでに労力もいくらか使うだろうに、流石に長い間生きているだけはあるらしい。


「僕らもあのゴミクズの手のひらの上で踊る気はないからねぇ。 油断したところを一斉に襲って拘束できれば、不死殺しの薬を作れーって、脅すことくらいはできる。 でも、それに気づかせないようにするためには囮がいる」


「囮?」


「そう。 それが君たち『使い魔』だ。 僕ら魔女がプロロメテスにこっそり近づく間に、君たちは僕らがあげた力でドカドカ目立ってもらうのさ」


 さっきの俺が役に立てるとは思えないって話はそういうことか。実際に探す必要はないってわけだな。


 つっても……


「…それ、もし計画が失敗したりしたら、不死殺しの薬は最終的には奪い合いになるんだろ?」


「? まぁ、失敗したら、早い者勝ちの隠れん坊になるだろうね」


 そう、あの映像では薬は4本と言っていた。死肉の魔女とやらは死にたくないと仮定しても、残りは5人…死肉の魔女を見つけ出した誰かが一本を先に飲んで死んでも、残りは4人、薬は3本…奪い合うことになる。


 4本だけで、それ以上はもう作れない可能性だってある……


 だが、そんな心配をよそに、アンテイラはいまだに余裕そうな表情だった。


「まぁ、戦力として君には強くなってもらう必要があるけど、どうせ僕は最初に奪い取れるからね」


 …随分と自信がありそうだ。実際資金力があるわけなので、いくらか有利ではあるんだろうが、もし失敗したら、ヤケになって俺を解放しないなんて言われたら困るぞ…


「本当に、大丈夫なのか?」


「……僕にできないと思うか?」


 バックミラーに映るアンテイラは、初めてみるくらいに目を鋭くして、鏡に映る俺を見て答えた。


 車は静かにエンジンを鳴らしながら、さらに都心へと向かっていく。




 _________________________




 そうしてまた5分ほど走っていくと、車はでかいビルの地下にあった駐車場で止まった。地下に入ってみると、どうにもビルの大きさに反して車の数が少ないのが不気味だ。


 そうして車は止まり、アンテイラが操作したのか、両方のドアが自動で開く。


「秘密基地まではもうちょっとだから」


 また少し歩いて、アンテイラは俺を連れてエレベーターの前で止まり、↑のボタンを長押しした。そう、そうすれば、エレベーターが来るはずだ…


 だが、アンテイラはずっとボタンを押している。


「なにを…」


 俺が聞く前に、ガコンっという…明らかにエレベーターではないようなデカい音が響いた。


「指紋認証なの。男の子はこういうの好きでしょ?」


 ドアが開くと、エレベーターではなく……下に続く階段があった。


「僕は大好きだよ」


 アンテイラは、子どものような笑顔を浮かべていた。

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