シカバネガーデン・ウィッチファミリア~妥協ばかりの人生はもうやめました。これからは魔女の力で好き勝手にやらせてもらうから~

@31mume60

第1話 妥協をやめた日

 薄暗い部屋に、叫び声が響く。


「イヤアアアア!! アアアアア!!」


「静かにしようねえ〜。 君たちは幸運な子なんだぜ? になれるチャンス、後にも先にも絶対無いんだからっ……さ!」


 肉がえぐれているわけでもない。四肢が欠損したわけでもない。それなのに、不老不死を語る女の前で、少女たちは苦痛に悶えていた。


「魔女……が…!!」


 女の足を、地に臥していた少女が掴む。


 苦痛と憤怒で歪む顔を、女は口が裂けるほどに笑いながら覗き込む。


「魔女か。 君達凡人から見れば、さしずめ私は死体を漁る魔女ってわけだ? ……なら私は、これからこう名乗ろう!」


 魔女は散乱していた注射器の一つを手に取り、少女に向けて振り下ろす。



「死肉の魔女! プロロメテスと!!」



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「…し…ば………おい!鹿羽しかば!!」


「zz…………」


ポコッ!


「……いっ!??!」


 3cm程度のチョークが俺を起こす。


『クスクス……』


 デコを労ってやっていると、周りから笑い声が聞こえてくる…


 教壇の方を見ると、数学の虎沢が俺を睨みつけていた。


「鹿羽! お前、最近弛んでるんじゃないのか!?」


「…すいません」


 適当に返事をしてその場を乗り切って、ブツクサ言いながら黒板に向き直る虎沢を静かにギラっと睨みつけてはみるが……


 そんな気力も続かず、また眠った。


 授業が終わると、俺はすぐにバイト先をハシゴしまくって、そのまんま家にも帰らず深夜2時まで金を稼ぐ。友達はいないし、作る予定もない。


 家に帰ると、無気力そうにテレビを見る父さんがいる。何が面白いのか、テレビでやってるのは趣味でもないようなドキュメンタリー映画だ。


 薄暗い部屋は灯り一つなく、ゴミは散乱し、どこになにがあるのかすら分からない。


 ……


「………なぁ、母さんが出ていって悲しいのも分かるけどさぁ……パートの一つくらいは……」


 イラっとしてそう呟くと、父さんが何かを振りかぶって投げた後に、ドザンッ!という音が、俺の横から聞こえた。灰皿が床に散らばって、誰の金で買ったかも知れている酒を握りながら、腕を震わせている。


「オマエは!! 俺がuhく!!! だかr!! ちょっvqhと?!! ん!!!!! ああえ!!?」


 実の父親だというのに、何を言っているのかも分からない。まるで別の生き物だ。


「…俺、もう寝るから」


 もうとっくに他の高校生は寝てる時間だろう…敷布団を整えもせずに転がり込むと、瞼はすぐに落ちていった。


 ……ま、あ………高校に行けてるだけ……まだ……マシだろ……………



 また、俺は妥協した。


 


 _________________________




 ドンッドンッ!!!!!!


「おい鹿羽!! いるんだろ!! 今日が最後のチャンスって分かってんのか!!!?!?」


 ドアの向こうで、聞いたこともない男の声が狭い部屋によく響く。


 父さんは部屋の隅で小動物のようにプルプルと震えていて、何が起きているのか説明すらしてくれない。


「…ふざけんなよ……!」


 ドカッ!


 今では小さくなっちまった、デカい背中を蹴る。10年前は遊園地に連れても行ってくれた、俺を乗せてくれた肩を蹴る。




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「おとーさん! たかいねぇ!」


「わはは! 実根もきっとお父さんとおんなじくらいデカくなれるぞ」


「ほんとー?」


「ああ、そりゃ、父さんの息子なんだから…………



 _________________________




 いつの日にかの思い出を、何故か思い出す。


 俺にとっては、世界一の父親だった。


 ……けど…………!!


「なんでテメェは邪魔しかしないんだよ!! 俺の人生どんだけ滅茶苦茶にすれば気が済むんだよ!!」


 どうしても、今まで溜め込んでいた途方もない不満や怒りが口から漏れ出ていってしまう。


 吐き出すほどに、心が歪んでいく。


「…だよ……」


「あ"?」


「絶対上手くいく投資って言ってたんだよぉ…」


 父さんから出たのは、あまりにもか細い声で、振り上げた拳が、直下に落下する。


 どうしてこうなったんだろう。


 今はもう音信不通ではあるけれど、母さんは悪くない。母さんが夜逃げしたあの日、本当は俺も連れて行こうとしてくれていたのに、俺は寸前で、家を出るのが怖くなってしまった。


 今までの普通が壊れることが、無償に恐ろしかったから。


 父さんだって悪い人じゃなかった。何年も前の不景気の風に押し流されていった後に人が変わっただけで…無愛想だったけど、優しい人ではあったんだ。


 ………なら、結局自己責任ってことになるなら……俺が悪いのか………?


 何もかも分からなくなって、台所に置かれた包丁を持って首に向ける。


 そうだ…全部無くなっちまえば…


 そう思って包丁がちょうど首にあたるかという時に、父さんが胴にしがみついてきた。その温かさは、確かに子どもの時に感じたものと一緒だった。


 それなのに…


「吐き気がする」




 _________________________




 学校を退学して、その分、バイトを増やす。


「鹿羽くん、最近体調悪そうだけど、大丈夫?」


「店長! いや〜最近ネットゲームにハマってるだけで………心配しなくっても大丈夫っすよ! というか、すぐ米炊いとかないとですから、失礼します!」


 言い訳して、なんとかいくつかのバイトにしがみついて……


 そのうちに、いつ寝たのかも思い出せなくなってきて……気づいたら都会のベンチの上で寝過ごしていたこともあった。


「父さんがいるだけマシだ…マシ…!」


 なんとか自分に言い聞かせる。クズでも、あの人は俺にとってたった一人の父親で、大切な人だった。


 なら、妥協してでも、それは普通のことだって思いたいじゃないか……


 寝る時間は、減っていく…隈が出来ていく…それを、繰り返す。


 そういう生活を2ヶ月くらい続けて……



 俺は、父さんがいなくなっていたことに気づいた。



 家具一つ無いボロ屋のアパートの一室に、「樹海で死にます」と書かれた紙が置いてあったので、驚いて外に出て町中を何時間も探しても、その姿を見ることはなかった。


「でももう……そこまで働き詰めになることもなくなるのか……」


 自分で言ったのに、目を見開いた。それでも、そう思えるのならいいことなのだろうと、思い込みながら家に帰った。


 また妥協した。


 これからどうしようかと家の前までつくと、あの闇金達が俺を見つけるや否や、嬉しそうに顔を歪ませる。


「あぁ! よかったよかった! え? だから…そう、ガキだよ…いや、俺たちだってこれ以上取り立てられないとなんだからそんなん気にして…」


 遠くからでも何の会話かは分かる。どうせ、俺に父さんの借金を肩代わりさせようとしているんだろう。それで、少し揉めている…受け入れれば、一生あいつらの奴隷になるかもしれない。


 でも、このまま、また妥協すれば…そうすれば、今の俺の命は助かるだろうしな……


 命は…………助かる。


 でも……


「そこまでして、生きる意味ってなんだ……」


 独り言のように、何故か、その言葉が口をついて出た。


 いや!生きるなんて、人間として「普通」のことだからだろ?父親と暮らすのも、普通のことで………そうだ!だから必死こいて金を集めてんだろ!?ずっと、ずっと!……ずっと……!!それで…!死ぬことはなかった!!


 ………でも………





 ………でも…それで俺、幸せになれたのか?





 泥に埋もれていたような重さだった足が、勝手に動く。逃げる場所なんて無いのに、こんな栄養の足りない体では追いつかれるのに、勝手に動いていた。


「待て!! おい!!!!」


 後ろから怒号が聞こえる。足は疲れで重いはずなのに…羽根のように心が軽い。


 だけれども、結局、それで足が速くなるようなファンタジーなどではない。


「うおっ…!?」


 すぐに足を掴まれて、口を塞がれて……何か布のようなものを無理矢理鼻に当てられると、意識は暗転していった。




 _________________________




 意識がはっきりとしてきて、ゆっくりと目を覚まそうとすると、濃いタバコの臭い匂いが喉に入る。


 どこだここ…体がビニールで包まれてるし……車の中か……おれ、売られるのかな……こんなふうになるって分かってたら、もっと他のやり方があったのかな…


 こんな妥協ばっかりの人生で…くそダサい生きか…


ドゴッ


 一瞬、包まれた体が大きく揺れて、宙を舞った。


「な…え……あ……」


 外から微かに声が聞こえるが、それもすぐに消えていく。


 なにが起きてるんだ……? 


 なんとかして外に出られないかと足掻くが、嫌な予感がした。


 もし事故で、俺だけ生きてたり、置いてかれてたりしたら………!ここが山の中だとしたら、誰にも見つけられず死ぬ可能性だってあるじゃねぇかよ…!


「くっそ!こんなとこで死ぬなんてごめんだ!!」


 ビニールの袋を思い切りちぎるように引っ張って見たりすると、そのうちに穴が空いて、そこに頭を入れて、右手を突っ込む。


 そこから広げた穴から這い出ると、鮮明な虫の声が聞こえて、土の匂いが吹き抜けていく。


 …山……?だよな……?


 夜ってことは分かるが……


「なに、君?」


 いきなり声をかけられて、聞こえた方向に首を曲げると、若い女がいた。


 月明かりが長い緑色の髪と黄色い目を照らす。まるで花みたいだ。

 

 ………いや、見惚れてる場合じゃねぇな。


「………鹿羽しかば実根みね……アンタこそ、誰だよ」


「アンテイラ、被害者ってところかな」


 アンテイラ……外国人か。


 そいつは俺の手を引っ張って、車から出してくれた。周囲を見ると、車が道路から外れてしまったのか、上に破れたガードレールが見える。


「とりあえず君は、僕が街まで連れてくよ」 


「いや……」


 どう見ても………なあ……色付きの髪の僕呼びとかファンタジーでしか見たことないぞ?実はイかれたメルヘン女だったり………


 怪しんでたじろぐが、気にする様子もなくアンテイラは詰め寄ってくる。


「? 別に怖がらなくってもい」


パァンッ!!


 爆発音が響く。同時に、肩から……メルヘン女の肩から血が吹き出した。


「なっ…!」


「ああ、見つけられた」


 上を見ると、道路で拳銃を持っている男が立っていた。アンテイラは咄嗟のことで判断が鈍っているのか、なんの反応もない。


 拳銃は、再びアンテイラに向けられる。


「くっそ!」


 アンテイラを無理やりに突き飛ばして守るが、代わりに拳銃は、俺を見据えている。


パァンッ!


 また銃声が聞こえて、同時に、脇腹に痛みが走る。闇バイトをしてた時、一度聞いたことがある。腹部には大事な臓器とかが入ってるって……


 喉から何かが押し寄せてくると、赤い血が服にかかる。足の力が抜けて、倒れ込む。


 あー……くそ……結局……こんな……


「なにやってんだよ、君」


 はあ!?……なにやってんだよってのは……こっちの…………逃げ、ろよ……!!


「……でもまあ、もしかしたらちょーどいいか」


 アンテイラは、俺の目の前に座り込む。


「契約しよう。 もしまだ生きたいのなら、僕の下僕になれ」


 くっそ…! メルヘン極まってんのかこいつ…!!


 でも……俺は……まだ、こんな人生で終わりたくない……!!


「下僕にでもっ! なんでも、なってやるから…! 病院に連れてけ…!! もしくは!! 逃げろ!!」


「じゃ、契約せいり」


パァンッ!!


 脳天に、穴が空いた。血が吹き出して、片目にかかる……


 景色の一部が赤く変色し、とうに思考はおぼつかない。


 ……バカ、が………


「なんだよ、後で相手するから、邪魔しないでよ」


 脳天に穴が空いたまま、アンテイラは拳銃を持った闇金に手を振りかざす。


 次の瞬間に、闇金の頭を突き破るように花が咲いて、ガードレールから落ちた。


 眠りに落ちる時、振り向いたソレの顔は、死神のような笑顔だった。


「さて、君が本当に僕と契約できるかは置いておいて、改めて自己紹介といこう。 僕の名は、のアンテイラだ」


「ま……………じょ……………?」



 ……俺はこの日、失った人生を取り戻すために、生き方を変えるために、生きるために、魔女と契約した。



 つまりこの物語は、俺が妥協ばかりの人生をやり直す話ってことだ。

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