第11話、アザミの警告

「うふふ、かわいいですよね」

「本当に」『にゃ』


リリーの笑顔も、とは言わなかった。彼女の腕の中で眠りについた小さな猫のような生き物を、彼女はそっと撫でてから、私に向かって微笑んだ。


「少しだけお待ちくださいね。この子を交番に預けてきます。ペットならタグがついているでしょうし、飼い主に届けられると思います」


「捨てられていたり、野良だった場合は?」

せっかく助けたのだから、生きてほしい。


「この国では小動物の生存権が法律で保護されています。飼い主が見つからない場合は公共や民間の保護団体に引き取られるので、ご安心ください」


微笑むリリーの冷静さと優しさに、動揺していた私も心が静まる。私の知る限り、日本でも動物保護は盛んだが、こちらの世界も負けず劣らず配慮が行き届いているらしい。


そのまま一人で待っていると、花壇のアザミの花が目に留まった。薄紫色の花弁が緑色にかすかに発光し、病院の前にしては少し異質な雰囲気を醸し出している。


「アザミ……ですよね?」


私はなんとなくざわつき、リリーに問いかける。彼女は少し驚いたようにその花を見つめ、言葉を選ぶようにゆっくりと答えた。


「アザミはこの街では“警告”の象徴なんです。特にこうしてエーテルの影響を受けた色のアザミが咲くのは、何か大きな異変の前触れだと言われています」


リリーの目に映る不安を感じ取り、私はさらに質問を重ねる。


「あなたが、その言い伝えを信じるんですか?」


「……普段なら占いや迷信の類と一蹴するところですが、エーテルが絡む現象はそう簡単に片付けられないんです。ときどき、私たちの技術では解明できない不可解な現象が起こりますから」


リリーの言葉には、科学では割り切れない現実があるという重みが含まれていた。魔物の存在や、エネルギー循環——この異世界には、私がいた地球では考えられない要素が数多く存在する。


「なるほど。では、何かに備えておいた方が良さそうですね」


リリーは少し微笑んで、「その通りです。明日のお引越しも、何事もなく終わると良いのですが」と言った。


エーテルの緑の光が静かに街を包み込む夜。どこか不穏な気配が漂う中、私はリリーと共に病院の玄関に向かった。


病院のすぐそばには大きなエーテルギアが設置され、ゆっくりと回転しながらエーテルを供給している。その規則的な機械音が、かすかな緊張感と静けさを際立たせていた。


リリーと別れ、病院の入り口に足を踏み入れる直前、私はふと背後に視線を感じた。振り返ると、先ほどのアザミがかすかに揺れている。その揺れが、まるで何かを予言するかのように見えたのは気のせいだろうか。


「何かが起きるのかもしれない」—エーテルギアを握りしめて、病室に向かった。

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