第10話、小さくて柔らかいもの
「うふふ。橘さんはお話が上手ですね」「そうですか?リリーがうまいからですよ」「いえいえ。それで、青いコーヒー缶は結局どうなるのですか」「ふふふ、それはですね」
バスを少し手前で降り、風に乗って鼻をくすぐる花々の香りを楽しみながら、病院へと歩いて帰る道をゆっくりと進んでいた。
本当はリリーを送ってから病院に戻りたい気持ちもあったが、この街の穏やかな雰囲気に加え、彼女には青いエーテルギアがある。
それに対し、私の方は土地勘も不十分で、不安を隠しきれない。ここはリリーに甘えておくことにした。
夜風が頬を撫で、静寂が広がる。ふと、私の視線の先に、暗い路地の影が揺れたように感じた。
「橘さん、少しだけ静かにしてもらえますか?」リリーの声は低く、そしてどこか緊張感を帯びている。
私は足を止め、注意深く影を凝視した。暗がりに潜むそれは、獣のような形状をしていた。わずかに身をかがめ、リリーに目配せする。
「魔物つき、エーテル中毒ですね」とリリーが小声で告げる。
「エーテルが濃いところに動物や人が長く留まり続けると、細胞がエーテル質に変化してしまうことがあります。そして高濃度のまま死んでしまうと、異なる存在に変わってしまうのです」
「なるほど……確かに本にはあったが、実際に見ると、想像以上だ。」
「この状態なら、エーテルを少し抜いてあげれば、回復するかもしれません」
リリーはゆっくりと影に向かって歩み寄り、青いエーテルギアを静かに発動させた。彼女の手元から青い光が広がり、影を包み込むように優しく照らし出す。
その瞬間、影がわずかに震えたかと思うと、何か質量のある物体がリリーに向かって勢いよく飛び込んできた。
「リリー!」
私は思わず叫んだが、リリーは落ち着いた表情で振り返り、「大丈夫です」と微笑んでみせた。その腕の中には、まるで猫のようなふわふわした生き物がすっぽりと収まっている。
彼女の青いエーテルギアが透き通るように輝き、その光がふわふわとした小動物を包んでいた。
「これがエーテル中毒……ですか?」
リリーはうなずきながら、腕の中の小さな獣を見つめていた。
「この子は、しばらくエーテルの少ない場所で休ませれば、元に戻るでしょう」
「そうか……エーテルの使い方一つで、こうした影響が出るのか」
街中にあふれるエーテルと、それを支える花やギアの仕組みを改めて実感した。
この街の人々がエーテルを管理し、日々の生活の中でバランスを取っているのは、ただの技術や効率のためだけではない。
このような影響があるからこそ、注意深く扱わなければならないのだと気づかされる。
リリーはふわふわの小動物を撫でながら、静かに語りかけた。
「エーテルは生命の源であり、街の力の源でもあります。でも、それだけに扱いを誤ると、こうして命に影響を与えてしまうこともあるんです」
彼女の穏やかな言葉に、私は深く頷いた。
次の瞬間、ふわふわの小動物がかすかに鳴き声を上げ、リリーの腕の中で眠りに落ちていった。
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