第2話、青薔薇の問いかけ
「ところで、あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」
微笑んでいる彼女の眼差しに、少しの間を置いて私は答えた。「……橘、瑞樹です」
リリーは小さくうなずき、優しい声で続けた。「橘瑞樹さんですね。改めて、リリー・カスナーです。」
「はじめまして。」私が返すと、彼女は「私は国からあなたのサポートに派遣されました。これからひと月ほどですが、橘さんがこの世界で生きていくためのサポートをさせて頂きます。宜しくお願いします。」と言った。
リリーの言葉にはどこか安心できる温かさがあった。このスーツに青い義手の女性は私のサポートをしてくれるらしい。少なくとも敵意は感じられない。
「あの、リリーさん。信じられないかもしれませんが、私は異世界から来たと思います。異世界という概念はありますか?」
「はい。天空の城が近づいて起こった魔法嵐の夜、昨日ですが、世界樹に現れた橘さんは、異世界からエルヴァニアにいらしたと、我々も認識しています。」
リリーは穏やかにいう。
「こういう状況で混乱されるのも当然ですが、橘さんは比較的落ち着いていらっしゃる」。
そして私に青い薔薇の表紙が描かれている一冊の本を差し出してくれた。
「この本は異世界人や魔族の方用の最初の手引き書です。クロックタウンやヴィクトリア王国、そしてエーテルについての基本的な情報が書かれています。まずは少しずつこの世界を知っていただければと思います」
本を受け取りながら、ふと疑問が湧いた。「リリーさん、私はここにある文字が普通に読めるんですね…それに、言葉も通じている。すいません、混乱していて、話が少し噛み合っていませんでした」
リリーは軽く首を振った。「橘さんの首についているチョーカーには、エーテルを使った翻訳技術が搭載されています。私たちが話す言葉や目に映る文字は、エーテルの流れで自動的に翻訳されるのです」
その説明に私は困惑と驚きを感じた。よくある物語では、これは「隷属」の首輪だったりすると、怯えていた。
「ご安心ください。このチョーカーは翻訳のためのものです。外してみれば、私たちが話している言葉や文字が全く異なることがわかるはずです」
試しにチョーカーを外すと、リリーの声が全く意味をなさない音の羅列に変わり、本の文字も奇妙な記号のように変化した。
「本当に……凄いですね」
再びチョーカーをつけ、彼女の言葉が戻るのを感じながら、改めてこの技術に驚く。
「リリーさん、ありがとうございます。少しずつこの世界を理解していこうと思います」
ああ、このチョーカーがあれば、もっと世界は「自由」だっただろうに。
私は一体なぜ、この世界にきたのだろうか?
「わからないことがあれば、遠慮なく聞いてくださいね。落ち着かれたら、街も案内します。まずは体調を優先しましょう」
「私は、なぜ、この世界にきたのですか?」
「この世界の有史、4000年ほどですが、異世界人がきたことによる統計的に意味はなかったそうです。事実として、今いる異世界からの方々も普通に生活されています。しかし、我々にはない発想や技術、何より先人の実績により異世界人を排斥ではなく、歓迎しています」
知識層の移民。リリーの説明は、大変明確だった。なら、まずは慣れて、それから動けばいい。
「ありがとうございます」
つい、大きな声で笑ってしまい、彼女を驚かしてしまう。しかし、今は彼女の言葉に安心を、窓の外の景色とチョーカーにこれからの「冒険」への好奇心が抑えられなかった。
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