橘瑞樹の一生〜機械とエーテル、スチームパンクなエルヴァニアで過ごした一世紀〜

Coppélia

異世界と私

第1話、もふもふと目覚め

「……ここは、どこだ?」


目を開けると、そこには見知らぬ天井ともふもふな黒い塊が広がっていた。


「私は?」『にゃー』


ゆっくりと状況を把握しようとするが、記憶がかすんでつかめない。私はたちばな、みつき、橘瑞樹だ。急に動くと、黒猫が落ちてしまう。身体に緊張が走る。


そう私は「人の気持ちを揺さぶる」という夢を追いかける舞台役者であり、平日は半導体製造装置の設計者として、地道に日本で生きてきた。


指先に触れるシーツの感触がどこか新しいものだと気づく。あのベッドじゃない。黒猫が面倒そうにしっぽを振ってきて、頬を叩かれる。そうだ、あの時は呼吸器もつけていた。それなのに今は…?


首にチョーカーのようなものがあるのを感じ、反射的に触れてみた。「一体、どうなっているんだ…」


『にゃ』ゆっくりと上体を起こして、周囲を見渡す。白い部屋には見慣れない機械が並び、まるで森の中にいるような薄っすらと緑の光を放つ銅管が張り巡らされている。黒猫はベッドからするりと降りて、伸びて、扉から出て行った。


-そう、私が初めて、この世界で目覚めたとき‥「転生」したと、思い込んでいた-


ベッドから降り、カーテンを引くと目に飛び込んできたのは、塔のような構造物と、空をゆったりと漂う蒸気船。異様でありながら幻想的なその風景に、言葉を失った。


「ここは…一体どこなんだ」


テレビや映画の設定で出てくるスチームパンクの世界に首輪、軽くなっている身体。


「これは、転生した‥か?」

よくわからないが、ここは慎重に行動しないと、詰む。


「ああ」

そして、やり直せる。


丹田に力を入れたその時、不意に声が背後から響いた。「お目覚めになられましたか?」


反射的に振り返ると、女性が立っていた。短めの金髪にスーツ姿で微笑んでいる。北川景子さんのような華やかさに目を奪われた。


「…あなたは?」


ゆっくり問いかけると、彼女は名乗った。「私はリリーです。ここ、クロックタウンでエーテル技術を研究しています」


「クロックタウン…?」


知らない地名。リリーの左手は薄っすらと青く発光し輝いている。壁の配管と同じだ。


リリーと名乗る彼女は、私の戸惑いを感じ取ったのか、説明を続けてくれた。


「ここはヴィクトリア王国の山間部にある街です。近くには『世界樹』と呼ばれる木があります。あの、私の言葉はわかりますか?」


「エーテル…」


聞き慣れないその言葉を反芻しながら、私はやはり自分が異世界にいるのだと少しずつ理解し始めた。


どうして自分がここにいるのか、その理由はわからないが、相手が友好的だと判断し、まずは会話をすることに決めた。


「すいません、まだよくわかってなくて」

明るく笑いかけると、リリーはほっとしたようだ。


「ひとことで言えば、エーテルとはこの世界の生命エネルギーで、この部屋の照明も私の左手もエーテルで動いています」

「なるほど」

「昨夜、世界樹が光り輝き、確認したところ、世界樹であなたが倒れていました。声をかけても応答がなかったので、こちらの病院で検査し、あなたの回復を待っていました」


「そうだったんですね…」


彼女の言葉に少し安心し、やはり異世界に来てしまったという現実を受け入れざるを得ないのだと感じ始めた。

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