第伍章 -1- マッチ箱と燃え盛る日常
時刻は
ヤハズの料理を
「行っておいでよ。この子たちは私が見ておくからさ。それにしても、なんてかわいい子供たちだろうねえ」
目を
「私たちを置いて行こうなど考えるな。私はお前の弱みを握っている」
「協力を拒否するってわけじゃないだろう。結末は後で教えてやるから。お前らの格好は目立つんだよ」
「それなら大丈夫じゃ。
どういうことだと私が尋ねると、ふたりは答えずに歩み出す。
往来には人が溢れており、私は急いで追いかけた。
「だからちょっと待てって!」
時はすでに遅く、人の往来の中央にふたりはいた。しかし奇妙なことに誰もふたりを見ようともしない。姫は後に手を組んで私を首だけで振り返る。
「だから妙案があると言っただろう? 誰にも妾とヤハズは見えてはおらぬ」
「そういうことだ八代。少しは想像力を働かせたらどうだ?」
「わかんねぇよ。説明しろ」
「姫。どうやらこの男には想像力のかけらもないようです。お手数ですが説明を」
うむ! と姫は両の腰に手を当てて、ふふん。と顎先を上げた。
「妾は影と仲良しなのだ。それはお主も見ているだろう? 影は人の
「素晴らしい
片膝をついて胸に手を当てるヤハズは、私を細まった横目で見た。
「これでわかったか?
わからねぇよ。と首をかしげて足元を見ると、影が三つに伸びていた。なるほどこれが理由か。姫が夜にしか出歩けない理由はここにあるのだ。
「昼間の影じゃ足りねえから夜に出歩くようにしてるんだな。ご
「そうじゃな。妾の力は影に依存する。影の作る黒色が妾の力を強くする。せいぜい昼間では、八代の影に溶け込むことしかできぬ。周りから見たら八代が独り言をブツブツ話しておるようにしか見えぬから安心せよ」
「せいぜい目立たないようにするさ。だがまぁいい。さっさと用事を終わらせよう」
私は足を進めてふたりを追い越す。姫とヤハズは本当に私の影へとなったかのように後ろをついてきた。姫は落ち着かないようすでそわそわと街並みを眺める。
時折ヤハズに何かを質問して、ヤハズは耳元で答えている。その度に姫は笑い声を上げて、姫が笑い声を上げる度にヤハズは頬を緩めていた。
ふたりを眺めていると、人と物の歪で純粋な関係に
物の想いは純粋だ。
そして人の想いは歪んでいる。
歪んだ想いは物に心を宿してしまう。物にある意思を、人の想いが歪めてしまう。
物でありながら人として作られた姫の
何を想いヤハズとふたりで暗い洋館の中で、停滞した時を過ごしていたのだろうか。自分を造りしヤハズに愛でられ、人形として何を想い生きていたのだろうか。
そしてヤハズの魂はなぜ人形に宿ったのか。付喪と成り果ててしまったのか。
通りに並ぶ露店へと駆け寄り、歓声を上げる姫や姫に寄り添いあれこれ教えるヤハズを見ていると・・・もはやどうでもよい気がした。考えているのを諦めてしまったのかもしれない。
人の活気に溢れる巨大な闇市を抜けて、狗鷲の店がある暗がりへと進む。建物が空を覆い隠すのに従って影も広がった。
「ここに狗鷲という男の店があるのか? そしてそこに私の人形もまたあったと言ったな?」
隣に並んだヤハズは私に尋ねた。大人ふたりが並んでしまえば幅を満たしてしまう。姫は後ろで体をかたむけ通りの奥へと視線を置いた。
「規制はゆるくなっても、西洋人形は目立つからな。そこで洋館のことを知ったんだよ。ヤハズが
「馬鹿なことを言っている。
そうだな。と私は素直に返事をする。
私が嫌々ながらもヤハズたちの同行を許したのもそこに理由があった。使える物は使わねばならない。
私は路地の奥底にある扉へと目を向ける。ただし捜査は振り出しだ。幸か不幸かヤハズたちの助力があれば、出刃包丁の想いを
見慣れた路地であるはずなのに、空気がいつもよりも重い。じとりとした湿り気をまとう大気には触れられそうなほど重さがある。
まるで体の重さが増したかのように、海中にいるような気さえした。
息が詰まる
私が扉を
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