第一章 -4- 京都市北区のケットシー
藍色に近い黒色の毛並みはお店の照明に当てられてテラテラと反射する。耳の下にある丸顔からは鼻先がツンと伸び、鼻の横から伸びる細いヒゲが階段を昇る度にリズムよく揺れていた。
自信満々に腰に当てられた前足は地を踏むことはなく、
私の胸もとより小さい、猫にしては大きな猫は二足で歩いたまま私の目の前へと姿を現した。赤い長靴には金色の
自信満々なようすで、腰に手を当てた二足で歩くその猫は、私には目もくれずにカウンターの奥で頭をかかえるミーナさんへ視線を向ける。
「こんな夜中にどうしたのかね。階下では仕事中の我が部下たちが玉ねぎの匂いがすると大慌てだ!」
猫は私にもわかる言葉でミーナさんへと
紛れもなく夢の中で、私が夢だと考えている中で聞いた声だった。
野太く低いよく響く声。呆然と自分を見つめる私の視線に気がついたのか、その猫は毛並みを逆立て硬直すると、すかさず右の前足を頬に当てて首をかしげながらにゃーん。と鳴いた。
野太く低いよく響く声で。
それでもまた
「大変だミーナ。我が愛くるしい仕草にこの人間は可愛いと言ってくれない」
「うーん。そういう問題かな?」
顎先に人差し指を当てて腕を組んだまま天井を見上げるミーナさんは、今度は私へと向き直る。
「やっぱり、琴音ちゃんは猫の集会が見えていたの?」
猫の集会、私が気を失う前に公園で見かけた猫たちのことだろう。私はうなずく。
「不思議なこともあるものだなぁー。人にはちゃんと見えないようにしていたのに。ねぇ・・・琴音ちゃんも魔女なの?」
魔女・・・魔法を使えることのできる女性。今では物語に登場する空想上の生き物たちとあまり変わらない存在。
「私が・・・魔女ですか? 違います」
「んー。やっぱり違うか。だって琴音ちゃんの心からはそれを感じないものね。でも私たち・・・というより彼が見えるということが本当に不思議なの。もしかして・・・身につけているものはない?」
「これのことでしょうか?」
私はシャツの中に隠れる母からもらった首飾りをミーナに見せる。ほぉ!とミーナさんはカウンターから身を乗り出して、二足で歩く黒猫はまだ肩を落としている。それほど自分の可愛らしいと思われる仕草に自信を持っていたのか。私はどこか申し訳のない気持ちになった。
「なるほどディアーナの首飾りね。ローマ神話での狩猟と月、誕生の女神。どうりで・・・それはどこで手に入れたの?」
「これは母がくれました。こうやって私、夜にお散歩をするもので・・・お守りにくれました。もともとは祖母からもらったものらしいのですが、詳しことはすみません。聞いていません」
「素敵なお母さまね。でも結果として私たちと出会っちゃったって訳か。私は誤魔化そうとしたんだけど彼がなぁ・・・」
私たちの視線を受けてその猫はハッと落ちた肩を持ち上げて姿勢を正し私をまっすぐと見た。タンポポにも似た瞳は部屋の中では細く見える。
「申し遅れましたお嬢さん。ケットシーの
タールーは私に両方の前足で器用に名刺を差し出す。そこには『ファザーガット・サービス CEOタールー』と縁に金の装飾された文字でそう書かれている。お
「しかしお嬢さんには恥ずかしい所を見られました。月に一度の全体ミーティングの日にまさか見られてしまうとは・・・ミーナよ。腕が落ちたか?」
「いいえ。そんなことはありません!たしかに街灯に魔法をかけて私たちの姿が深い影に落ちるようにしていました。だけど琴音ちゃんがディアーナの首飾りを持ってましたから!月夜の晩に魔法を解いてしまったのです。私は悪くありません!」
魔法、ケットシー・・・そして魔女。そこかで一度は聞いたことのある名前のはずなのに、目の当たりにしてしまうと頭がぐるぐるとしてしまう。そしてやはり不安だ。
頭の中をよぎるのは魔女にお菓子の家に閉じ込められる兄妹の話。魔女に丸々と太らされて食べられようとするのだ。
「あの・・・私はどうなってしまうのでしょうか?」
不安げに眉を歪めてたずねる私を見て、ミーナとタールーは互いに顔を見合わせた。
そして口元を歪めてこちらを見た後、タールーはゆっくりと不気味に足音を立てて私に近づく。
「そうだなぁ。我々の秘密が人の子にばれてしまったのだ・・・仕方がないなぁ・・・」
タールーは右の前足を顔の前にかかげて爪を出す。光が反射する爪を赤い舌で舐めた。
私は身を固めつつ母からもらったディアーナの首飾りに手を当てる。
その間もタールーは歩みを止めることなく私に近づき、そしてカウンターに少し背伸びをして右の前足を乗せた。
「お近づきの印に私の宝物をもうひとつ、
そういってタールーは爪の間から金色のギザギザとしたコインのようなものを差し出す。
「これは?」
「マーフィーの
しょんぼりと後ろのテーブルにポツリと置かれた大きなセミの抜け殻を見てタールーは肩を落とす。
それはちょっと無理だとは声には出せずに、私はその言葉に気がつかないふりをしてそのマーフィーの王冠を見た。中央には猛々しく前足をあげる黒い馬が刻印されていてその周囲はギザギザと尖っている。ビールの蓋かと思いつつも私はそれをぎゅっと手のひらで包む。
猫の体温で温められたのかそれはどこか暖かい。
「ともかく。また明日ここにいらっしゃい。こんな夜更けじゃなくて夕方にね。もう琴音ちゃんはもう知ってしまったからちゃんと理解しなければならないの。知ってしまえば見えなくてもよかったことが、見えるから。ちゃんと知っておかないとね」
「この・・・猫さんのことですか?」
タールーだ!と目線の下で可愛らしいケット・シーが
「それもそうだけど。他にもいろんなことだね。もう今夜は遅いから・・・タールーさん。彼女を送っていこうかな」
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