第30話 田舎の猫 捜査する

 「は? 今なんて……」

 マーシャさんからその報告を聞いた私は我が耳を疑ったわ。どういうこと? もう一度ぷりーず…… 


 「ですから『世界樹の若木』がなくなりました。正確に言えば盗まれたようです」 

 待って待って。『世界樹の若木』ってリーシャの話では『帰らずの森』の中に植えられていたはず。誰が、どうやって盗めると言うの? 


 帰らずの森の中に入って目的の場所にたどり着けるのはエルフに縁のある者だけのはず。このファティマ村でもエルフとハーフにしか森の中を自由に移動することは不可能であり、それは私でさえ例外ではない。だとしたら一体誰が……。内部の犯行? 


 「心当たりはあるのですが……」 

 マーシャさんの話はこうだ。帰らずの森を移動することの出来る存在はエルフに縁のある者である。ということはエルフと他種族とのハーフなら可能ということだ。更に言えばエルフが生活しているのはファティマ村だけではない。他所から来たエルフやハーフが何らかの方法で世界樹の若木のことを知ったとしたら…… 


 要は帰らずの森の力を過信して、平和ボケしてたって事よね。その防御力が強力であるが故に、弱点に気づけなかったってことはアニメなんかではよくあるパターンだ。 

 「……これは推測にしか過ぎないのですが、今回の事件には恐らく『ダークエルフ』が関わっています」


 『ダークエルフ』

 これもまたファンタジー名物の種族である。その姿はエルフが白人だとしたらダークエルフは黒人という感じかな。一部のアニメでは魔族の仲間として扱われているけど、この世界ではそんなことはない。生活様式や文化に多少の違いはあるけど、エルフと対立してたって話は聞いたことない。


  「1年前までファティマ村の近くにダークエルフたちの村がありました。村人同士の交流も頻繁に行われていたのですが、スタンピードの起こった時期を境にしてその村が無くなってしまったのです」 


 マーシャさんたちの調査によると、別に争ったような形跡はなかったという。つまりダークエルフの村はスタンピードの侵攻で滅びたわけではなく、単に村人が消えてしまっただけという状況だったそうだ。 


 その後マーシャさんたちが世界樹の育成にかかりっきりになっていたこともあって、ダークエルフの村の事は忘れられていた。しかし最近になって、その村の近くにダークエルフの姿が目撃されたのだそう。


  うーん……。時期的には怪しいと思うけど、それだけで彼らを疑うのはどうなんだろう? 私がそう思っているとマーシャさんが言った。 

 「妖精たちが騒いでいるんです。ダークエルフが若木を運んで行くのを視たと」


 なる程妖精たちは視た……ということね。それはかなりの信憑性があるわね。妖精は精霊とは違ってそれ程知能が高いわけではないが、その分どこにでもいる存在だ。元の世界で信じられていた八百万の神のように。ほら、昔から言うでしょ。壁に耳あり障子にフェアリーって。 


 ただ犯人がダークエルフだとしても、彼らは一体どこに若木を運んで行ったのだろう? どこか新たな場所に村を作ったのか? 謎は深まるばかりだった。


  取り敢えず現場を見ない事には何とも言えない。「事件は会議室で起こってるんじゃない。現場で起こってるんだ!」ってヤツだ。私はマーシャさんに案内されて若木のあった場所に向かった。エルフと一緒なら迷うことはない。え、跳べばいいじゃんって? 捜査の基本は足で稼ぐ事なんだよ。じっちゃんも言ってた。 


 現場付近の様子も見ながら私たちは若木が植えてあった場所に到着した。そこは森の中央付近で、この場所に繋がる道らしい道がない事から秘匿された場所であった事が分かる。


  若木が植えてあったと思われる場所は土ごと抉られていた。そこから察するに犯人たちは若木をどこかに植え替えるつもりのようだ。でも一体どこに…… 


 帰らずの森の中に植え替えようとすれば、直ぐに分かってしまう。妖精たちは世界樹の木に引き寄せられる性質があるからだ。だからちゃんと教えてくれるはず。でも今回は妖精たちが引き寄せられていないらしい。ということは妖精が立ち入れない場所って事になる。そんな所があるのか……? 


 ある……1ヵ所だけ。私は自分の考えをマーシャさんに話した。するとマーシャさんが答えた。


 「多分間違いないと思います。妖精たちが若木を見失ったのもその近くだったようですから」 

 恐らくビンゴだ。こういう時の私の勘は良く当たるんだよね。 


 私たちはその場所へ早速向かった。そう、1年前にスタンピードを起こしたダンジョンへ……

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