第9話 田舎の猫 変身する

 暫く街道沿いに進むと、私のセンサーに何かが引っかかった。今の私の感知力は1日の内で最大なのだ。 


 猫は夜行性と思われがちだけど、実は明け方と日没直後の時間帯に活発になる「薄明薄暮性(はくめいはくぼせい)」なのよ。つまり、日が沈んだ直後の今、私のパフォーマンスは最大限に発揮される。


 「あー、これはアレかな? テンプレの……」 500メートル程先の森の中で人が争うのが見えた。どうやら数人の人間を、大勢の人間が取り囲んで攻撃しようとしているようだ。


 前の世界より平和なこの世界にも、お約束の方々は存在する。いわゆる盗賊ってヤツだ。  

 「どう見ても取り囲んでる方が悪役っぽいよねぇ……」


 そうは思うけど人は見かけによらないと言うしねぇ。盗賊を追い詰めたお巡りさん達って事もあるだろうしさ。手助けするにしても、ちゃんと見極めないとね。


  こういう時はどうするか? キャティの言葉を思い出す。敵か味方か分からない時は、取り敢えず殴れと彼女は言った。前の世界にも『叩けよさらば開かれん』って言葉があったはず。いや、これはそういう意味じゃないか……  


 でもさ、「敵でも味方でもない時はどうなるのか?」って疑問に思うよね。その疑問の答えは『私の力はこの世界の理に仇なすモノにしか効かない』から問題ないとのこと。フレンドリーファイヤーがないってのは有難いよね。


  さて、この距離なら風魔法で先制攻撃が可能だ。私の勘違いならそよ風が吹いた程度にしか感じないはず。但し、攻撃魔法を使うのには条件があるんだよな……。ヤだなぁ…… 


 仕方なく私は右手を胸に当て、羞恥で身体を震わせながら変身呪文を唱えた。


 「……シャイニング……レインボー……」ボソッ  そう、私が攻撃魔法を使う為にはバトルモードにチェンジする必要があるのだ。

 「バトルモードにチェンジするのは乙女の嗜みだよね」

 まるで世界の不文律であるかのように語る彼女の話を聞いて、私は目の前が真っ暗になった。


 でも、言われてみれば仕方のない事なのだ。何故なら、私の魔法は特異すぎるから。意図せず発動した場合、周りに及ぼす影響力が大きすぎるんだよ。


  仮に巨大で凶悪なドラゴンが街の上空を飛んでいたとしよう。そいつに向かって意図せず私が攻撃魔法を発動してしまったら……。ドラゴンはこの世界の理に仇なすものだから、当然撃墜可能な物件である。そして、撃墜された巨大ドラゴンは落下する……下には街。はい、大災害事案発生である。


 バトルモードにチェンジするのは、セーフティロック解除って事なのだ。そして、その呪文が頭おかしいんじゃないかって程恥ずかしいのにも理由がある。


 「やっぱり、変身の時の掛け声はハニーフラッ 

『ダメッ!』……じゃあ、月に代わってメイクアー『ヤメテッ!』」

 月に代わっての方はそのまんまのパクリじゃないけどやっぱりダメだ。色々ダメだ。


 「じゃあ、オーソドックスに『変身』?」 およそ女神と言われる存在がとってはいけないポーズをしながら、キャティが言った。


 「チェンジでっ!」と思わず叫ぶ私。

 この娘アニオタだけじゃなくて、特撮オタも拗らせてるのか……

 「それは誤解よっ!」

 何が誤解なんだか……と思った途端、私の身体は突然白い光に包まれた。


  ……どうやら、さっきの『チェンジ』の言葉に反応して、バトルモードにチェンジしてしまったみたい。コスチュームは……ちょっと巫女風かしらね?


 あ、瞳がシルバーからライトブルーに変わってる。なかなか良い感じよね。変身した姿を鏡で見ていると、キャティが難しい顔をして言ったのよ。


 「うーん……普段使うような言葉で変身しちゃうと日常生活で困るわよ」

 あ……。確かに『チェンジ』なんてありふれた言葉で変身しちゃったら、人前で突然変身しちゃうかも。それってかなりヤバいよね…… 


 そっか、世のヒーローやヒロイン達がおかしな掛け声を出したり、恥ずかしいポーズをとったりするのにはちゃんと意味があったんだ……お疲れ様です。


  そして、すったもんだの末に決まったのが右胸に手を当てて「シャイニング レインボー」と唱えること。言えば良いのよ、叫ぶ必要なんてないんだから。え、なんで『輝く虹』かって? それはまたの機会に話す事にするわ。


 そして、私はバトルモードにチェンジして、風魔法を使ったの。

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