静寂のなかで

九戸政景

本文

 今日も一人、明かりのない部屋の中でボーッとする。光源は目の前の携帯電話だけ。少し明るめに設定した画面は目に眩しくて、思わず明るさを弄ってしまう。



「眩しい光なんていらないよ」



 そんな言葉が溢れる。少し肌寒くなってきた頃だからか暖房一つつけていない室内は冷えていて、くしゅんとくしゃみをしてしまう。誰に聞かれるでもないから少し大きめに。



「聞かれたところで気にしないけどね」



 昔からくしゃみは大きい方だった。けれど、それを指摘されたことはない。言うなれば、自分には存在感がないのだ。後ろにスッと立ってみても気づかれない事が多かったし、普段から静かな方なのでより存在感が薄い。その場の空気が自分に同化したようだった。どうかしてるのは自分の方なんだけど。



「所詮、主人公にもなれないモブだからね」



 ソファーにもたれながら足を立てた格好で呟く。ソファーがあるのだから座ればいいと言われるかもしれない。けれど、この方が何故か落ち着く。きっと、ソファーというのは世界の中で目立つ人達が座るもので、目立たない自分だからこそこうして足元で静かに座っている方がピッタリなのだ。



「使われないソファー君には申し訳ないけどね」



 自分のせいで自宅警備員と化したソファー君に一応の敬意を払いながら時間が過ぎていく中で携帯電話を弄る。目的はない。ただ、何かをしたいわけでもないから、暇潰しで携帯電話を使ってるだけだ。暗い中だと本も読めないし。



「電子書籍にしてもいいのかな」



 紙の本がいいと昔から言ってきたが、何だかんだで漫画アプリなども使っている。だから、電子書籍に切り替えるというのもいいのだが、どうにも指で紙のページを持ってめくるというあの微かな重みを感じる行為がどうにも心地よくて、中々電子書籍には切り替えられない。かさばらなかったりいつでも読めたりするという利点はあるのだけど、昔から馴染んできたあの心地よさには逆らえないのだ。



「……まだこんな時間か」



 画面上部に表示された時間に目をやる。何かをするにも中途半端な時間のため、何かをする気にもならない。だから、まだまだ自分のお一人様タイムは続くようだ。暗い部屋の静寂のなかで、ただ一人で空気と同化するだけの時間は。



「このまま消え去っても誰も何も言わないかな」



 そんな事を思う時が多々ある。でも、それが出来ない。職にも就いていて、色々な関わりを持った人も少なからずいる。自分という錆び付いた歯車がなくなっても世界という大きな機械は変わらず動くし、なんだったらそこに新しい歯車は補充される。錆び一つないピカピカ光を放つ綺麗な歯車が。それがわかっていても、関わってきた人達に申し訳なくなって消える事が出来ない。そもそも、その一歩を踏み出す勇気すらないのだ。



「誰か、見つけてよ」



 自称モブでありながら見つけてほしいという願いは非常に傲慢だ。主人公でも相手役でもない。主人公の親友ポジションでも悪役でもなくて、一話限りのゲストキャラみたいなものでもない。背景みたいに描かれて、見ている人の印象に残ること無くそのまま消えていくだけのただのモブ。そんなどこにでもいてどこかにいっても気づかれないような奴が誰かに見つけてもらい、その存在を感じてもらおうとするのはやはり傲慢だ。望みすぎと言ってもいい。


 でも、やっぱり寂しいのだ。誰にも見つけてもらえずに声一つも出さずに静かな暗い部屋の中で空気となっていても、誰かを求めてしまうし光の中を歩きたいと思ってしまう。誰かにとっての相手役だったり親友だったり悪役だったり。そんな誰かにとって必要だと思われるような存在になりたいと願ってしまうのだ。



「みつけて……」



 涙は出ない。でも、心の中には雨が降る。自分の情緒の種を育てて芽を出して、やがて蕾をつけて花を咲かせるはずの情緒を育てたり乾いてカサカサのささくれだった心を濡らして潤いを与えてくれる恵みの雨が。でも、この雨はそれだけじゃない。時には自分の涙を隠してくれるものでもあるし、誰にも見つけてほしくない時に姿を隠す雨でもある。この雨は泣けない時に自分の代わりに空が泣いてくれている証拠なのだ。



「だれか……」



 携帯電話の画面を消して膝に顔を埋める。絞り出すような声は響くことなく消えていく。やはりか。そんな諦めにも似た思いが声を上げたその時だった。



「……あ」



 携帯電話が震える。それと同時に顔を上げる。時間は結構過ぎていたようで、外はもうだいぶ明るい。世界におはようを告げるお日様の光は暗闇に慣れた目には眩しかったけれど、ポカポカとしていて心地よいものだった。



「そうだ、携帯」



 手の中の携帯電話に目を落とす。スリープモードを解除して、通知を確認する。そこにはただ一つ、胸の奥があたたかくなるような言葉があった。



『おはよう』



 たった四文字の何気ない朝の挨拶。きっと誰もが口にするし、世間の人々からすれば本当になんでもない言葉だ。でも、自分にとっては大切な言葉だ。このまま消えてしまいそうな自分を世界に繋ぎ止め、誰かに見つけてもらう事を願いながら泣きじゃくる自分を見つけて大丈夫だよと言ってくれる大切な言葉だから。



「……うん、おはよう」



 一度口に出してからそれを打ち込んで返事する。その後もなんでもない会話はトークアプリ上で続く。でも、それが自分にとっては嬉しくてたまらない。日の出と同時に世界が光で包まれていくように、暗闇に包まれていた自分の心も光が満ちていくのだから。



『今日も歩く?』

「歩く……あ、もうそんな時間か」



 休日の恒例となった朝の散歩の事を思い出す。歩くよ、そう答えてから携帯電話を一度そばに置いて立ち上がる。軽く朝食を済ませてから外に出る格好に着替え、普段使いのカバンを背負って携帯電話を手に持つ。


 変わらず部屋の中は静かだ。自分だけなのだから当然だけど、朝が来ておはようの一言が来たからか少しだけ室内が賑やかになった気がした。



「見つけてくれてありがとう」



 泣いていた自分が顔を上げて、涙で目元を腫らせながら笑顔を浮かべる。まだまだ心の中の自分は幼い子供だ。いつからか情緒が育たなくなった事で、自分自身の成長も止まってしまったから。


 でも、見つけてくれた人がいるからまた成長出来る。光の中へ連れ出して、色々な景色を、色々な人達を見せてくれるから成長出来るし、暗闇から抜け出すのも怖くない。その存在は圧倒的な光で、眩しいはずの物なのに、目を覆うこと無くずっと見ていたくなる。その光に目を焼かれてしまったとしても。



「いってきます」



 誰に聞こえるでもない言葉を口にする。でも、それでもいいんだ。口に出すという事に意味はあるし、これは今日もまた自分の世界からみんなの世界へ歩き出すために必要な挨拶だから。


 行ってくるよ、自分。でも、ちゃんと帰ってくるからね。


 幼い自分が嬉しそうに笑う。声は聞こえないけど、口の動きではっきりとわかる。“いってらっしゃい”、そうしっかりと言ってくれる。


 それを嬉しく思いながら今日もまた玄関のドアを開けて外に出る。そして今日も歩き出すのだ。世界の中へ、自分を照らしてくれる光が待つ方へ。

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静寂のなかで 九戸政景 @2012712

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