私にだけ
𠄔狄⃝ ت
私にだけ
君は、完璧だった。
桜の花が鼻腔を擽り、撫でる風が肌寒い四月。
初々しさと気まずさの漂う教室の中で、凛とした君は異彩なオーラを放ち、クラスの男子はみんな君に夢中だった。
銀色の髪をさらりと伸ばして、碧空のような碧い瞳を輝かせる。もはや男子どころか、女子も、先生も、もう春だって君に見惚れていたと思う。
私だってその例外じゃなかったし……、正直に言うと、一目惚れだった。
花粉という悪魔の支配が終わる六月。未だ鼻をぶわっといわせながら登校していた私に対して、君は相変わらず楚々として学校に来ていた。早速できたカーストの頂点に立つ君は誰にでも優しくて、成績は優秀で、友達との関係も良好、それでいて妬まれたり陰口を叩かれることもなく、総てが上手くいっているように見えた。
二、三軍くらいの私には目もくれないかと思っていたのに、私は端から、モブとして君を眺めているだけだと思っていたのに、君は私にも微笑みかけてくれた。あの時、私に話しかけてくれたことは、かつて剣道の大会で優勝した時よりも鮮明だった。そう、今でもくっきりと記憶に残ってる。
たくさんの向日葵が太陽を仰ぐ八月。その下旬に学校は二学期を迎えたけれど、それ以来君が学校に来る頻度は極端に少なくなった。友達やクラスメイトはこぞって君を心配したけど、先生から何かを明かされることもなく、ただ「体調が優れない」の一言で詮索を封じ込めた。
私もよっぽど君に連絡をいれようかと思ったけど、迷惑をかけたらダメだな、と思ってスマホの画面を切った。何度も迷ったけど、結局一度もできなかった。ほんと、腑抜けだよね。
世間は年末の一大イベントに浮かれる十二月。
その前日であるクリスマスイヴ――私は今、こうして君の目の前にいる。真っ白に染め上げられた街を駆け抜けて、私は君の家へ突撃した。お陰で鼻先が真っ赤だよ。
目前に映る景色は甚だ綺麗とは言い難く、君の新雪みたいな銀髪には、粘り気のある血がべったりと付いていた。でも、それが君のものでないということは、傍らにある、君の母だった残骸を見れば瞭然と分かることだった。
刺し傷の数はおよそ二十。君は引きつった笑顔で、私を迎え入れる。完璧な君の身体には、これまでの虐待で蓄積された傷が生々しく残っていた。
それを見て、私の中で君の総てが繋がって、それから君が最初に話しかけてくれた時のことを思い出した。
『連絡先、教えてほしいな』
――そして、惨憺たる現状。
これは私にだけ伝えられた、特別な「告白」なんだと、確信したよ。
「私たち、両想いだね――」
こんなこと、自分で言っておきながら、恥ずかしくって堪らなかった。でも、そんな羞恥の籠った言葉に、君は泣き崩れて、そして勢いよく私に抱きつく。ぎゅっと、ぎゅうっと。締め付けられる苦しさが、私には幸せで、幸せで――。
血に濁った冬。でも、君には、私がいるからね。
私にだけ 𠄔狄⃝ ت @dark_blue_nurse
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