怪談百物語

伊吹

第1話 美容院の霊

こんばんは!最近急に寒くなってきましたね。皆さんのご自宅にもそろそろコタツが設置される頃でしょうか。


季節はどんどん寒くなっていきますが、ここでは怪談お便りを紹介しますので、聴いてくださってる皆さまは更に寒くなってくださいね!


本日の怪談お便りは、東京都Rさんからいただきました。


就職するために上京して、それからずっと大田区の端っこに住んでいます。

近所にたまたま、すごく評判のいい美容院があったんですよ。小さなテナントで店主が一人で接客していて、客も一人なので実質貸切ですよね。

男の美容師さんもすごくオシャレで物腰の柔らかい人で、一度行ってすごく気に入ってからはずっと通っていました。それから5年くらい経ったかな、なんだか急にやつれて、変なミスや覚え間違えも増えていました。

「どうしたんですか?」

私はそう聞きました。

「なんでもないですよ」

と答えてくれるんですけど、やっぱり顔が青ざめてるんです。もう知り合って長くなっていたので心配で、お節介かも知れませんが更に食い下がりました。

「悩みがあるなら聞くくらいはできますよ」

美容師さんは困った顔をしていましたが、しばらくして事情を話してくれました。


夏の終わり頃です。ちょうど私が髪を切って退店した後のことでした。外までお見送りをしてまた店内に戻って、ふいに鏡を見たら、自分の背後にものすごい美女が写っていて、こっちをじっと見ていたんだそうです。驚いて振り返ると、誰もいない。また恐る恐る鏡を見ると、美女が写ってる。

不思議とあまり怖くはなかったそうです。鏡に写った姿があまりにも普通の人に見えたので。ただ、じっと美容師さんを見てくるのが居心地悪いものの、特に干渉してきたり悪さをするわけではないので放っておいたそうです。


最初は幽霊だと思ったけど、次第にそうではなく、精霊や天使、または座敷童のような存在たと考えるようになったそうです。何故なら、無念の死を遂げた人の霊であれば、もっとなにか、伝えたいことややりたいことがあるはずだからです。

その美容院の美女にはそれがまったくなさそうに見えました。だから美容師さんは、その美女のことを、人の姿をした精霊だと考えるようになったそうです。座敷童子のように美容院にいい影響を与えてくれたらいいな、などと楽観的に考えていました。


それからしばらくして、秋が過ぎ冬が来て、日が暮れるのがすっかり早くなりました。その日美容院にはアポなしのお客さんがきたので、閉店作業が過ぎてもヘアカットをしてあげてたんですよ。一人店主だから、そういう融通がきくんですね。

対応が終わって外まで見送りして、そこで外が真っ暗なことに気がつきました。店に戻って扉を閉めたら、ガラスの扉が鏡のように室内を反射していました。中が照明で明るくて、外が暗いので、明るい室内の様子が反射されてたんですね。

そこにやはり美女が立っていました。美容師さんは、そこで初めて、その美女が幽霊でもなければ精霊でもないことに気がついたんです。美女の腰から下に足はなく、蛇のような体が床にとぐろを巻いていました。…いつもヘアカット用の鏡越しでしか見ていなかったので、腰の下が蛇だということにそれまで気がつかなかったのでした。


美容師さんは思わず「えっ」と声を漏らしました。

その瞬間、聞いたこともないような金切り声が響き渡りました。蛇の体をした美女の頭頂部が横に裂けて、上下がぱっくり口のように開口して、中から細長い舌が伸びていました。

美容師さんはこれにはたまげて慌てて店から出て、一目散に家に逃げ帰ったそうです…。


そこまで聞いて私は青ざめて聞きました。

「もしかして、今もその蛇女がここにいるんですか?」

美容師さんは微笑んで首を横に振り、こう答えました。

「なんでかは分からないんですが、その日からは一度も現れてないです。ぼくが見たのは妖怪か何かだったんですかね。あれから蛇女はいなくなったんですが、最近あんまり調子がよくなくて…。ただの貧血だから治るとは思いますが」

「少し仕事を休んでリフレッシュした方がいいですよ」

「そうですね。最近涼しくなってきたので、福岡とかいって温泉巡りしたいなって考えています」

「九州は絶対行かない方がいいと思いますけど」

私にはそれしか会えませんでした。


その後、美容院は急に休業になり、美容師さんとも連絡が取れなくなってしまいました。

LINEのプロフィール画像が福岡の有名な太宰府になっていたので、彼は私の忠告を聞かずに九州へ行ってしまったんでしょうね。


蛇女の話を聞いて、私思ったんですけど、それって九州で有名な磯女なんじゃないかなって。見た目はものすごい美女、でも腰から下は蛇。九州ではよく海岸を歩いているのを見ますよ。私もこの夏福岡に帰省した時に見ましたもん。

でも誰も声なんかかけません。目をつけられたら最後、磯女の長い髪がまとわりついて注射針のように血管に刺さって、血も生気も吸い取られてしまうんです。だから皆さんも九州で磯女を見かけても、絶対近づいちゃダメですよ。

それともう一つ、磯女が生き血を吸う理由について、彼女らは妊娠してるんじゃないかと思うんです。例えば蚊はふだんは花の蜜しか摂取しないのに、妊娠中だけ人の血を吸いますよね。磯女もそういう生き物なんじゃないかなと思います。そして蛇のメスは交尾の後にオスを食べますよね。妊娠期間中の重要な栄養素だからです。

だから私は、美容師さんに『九州には行くな』と忠告したんです。


きっともうあの美容院が再開することはないでしょうね。

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怪談百物語 伊吹 @mori_ibuki

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