倒錯する現実

@786110

倒錯する現実

 脳が正しく認識するものを現実だと定義するのなら、ある時点で脳が夢や幻を正常に認識している限り、それらは現実だろう。私が視て、聴いて、嗅いで、触って、味わったものが、他人にとっての異常であったとしても。

 私の世界は倒錯していた。景色は歪曲し、音はひび割れ、錆と油の腐臭が鼻の奥を刺激する。手にしたものは何もかもがザラついていて、口に含んだものはすべてが粘土みたいだった。

 入水(理由は特にない。空がよく晴れていて暑かったから、気が狂ったのかもしれない。その時は夏だった)の失敗と引き換えにして得た、生きづらさを助長するだけの後遺症。

 ただの代償だったのかもしれない。いずれにせよ、私はかつての私と同じだとは言えそうになかった。

 家族や友人に限らず、すれ違う人は皆、奇怪な造形をしている。屈折に屈折を重ね、マーブル状になっているから、誰が誰だか判然としない。声も聞き取れないから、いよいよ個体識別は困難を極める。食事だって、ロクに摂れやしない。

 五感による知覚は認識に従う。外界の情報を得る際、視覚が八割、聴覚が一割の占める。残りの一割がその他の合計であり、味覚の優先度は最も低いとされている。つまり、目と耳に支障をきたしている場合、何も認識できていないと言っても過言ではないということだ。

 私の場合はどうだろう。情報は得られているけれど、それらに対する認識がズレている。主観世界としては正しくとも、客観世界としては間違っているのではないのだろうか。

 しかし、世界はいつだって、主観で成り立っている。幻聴や幻覚が異常だと後ろ指を差す輩が大多数いるけれど、私からすれば、自分のことを正常だと思っている輩のほうが異常だ。正しさなど、曖昧なものでしかない。どうして、その事実に気づくことができないのだろう。

 二元論や二項対立に違和感を覚える。じゃあ、混沌を挟むのは? それも気持ち悪い。

 現実への吐き気が止むことは、当分、なさそうだった。

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