夜道不注意サービスちゃんっ!~Loving the bad world!?

イズラ

1.暑い時代

「……ここ、風俗店ですよ?」

「えっ?」

 俺は、唖然とした。

 目の前の女の子は、ただただ気不味きまずそうだった。


     *


 ──1時間前。

 座って、荷物をまとめていると、後ろから肩をポンポンとされた。

今泉いまいずみくんっ」

 聞き慣れた声だったが、俺は驚いて振り返った。

「部活も終わったことだし、一緒に帰ろっかっ?」

「え? ……あ、雨井あまい先輩?」

 陸上部の3年女子。なんと全国大会で優勝した、俺の、憧れの先輩だった。あと、胸がでかい。

 ──どうして俺なんかと……?

 戸惑っていると、先輩は、突然、俺の手をギュッと掴む。

「ひゃぁっ!?」

「『ひゃぁっ』?」

 思わず声が出てしまい、しかも、先輩に真似までされた。

 俺の顔はもう真っ赤で、今にも倒れそうだった。

「ほら、帰ろっ」

 手を引かれ、勢いのままついていく。


 先輩と歩いていると、街にある何もかもが輝いて見えた。

「今泉くん」

「は、はい」

 緊張で震える俺の手を、未だに握ったままの先輩。もちろん、俺の手は汗びっしょりだった。

「このあと、ヒマ?」

 胸元に手を当てる彼女は、明らかに顔を赤らめていた。

「は、は、はいっ! ひ、ひひ暇です! めめめめっちゃ暇です!」

 興奮が最高潮に達した俺は、叫ぶように返事をする。

 そして、俺は、雨井先輩と──

 

 カラオケに行くことになった。

 店名を聞いたら、「ヒミツ」と言われ、詳細を知らぬまま、先輩に手を引かれる。


 その店は、駅から少し離れた、路地裏の奥にあった。

 『カラオケ・ロボッツ』という薄汚れた看板を見たが、知らない名前だった。

 先輩が横扉を開けて、俺は強引に引っ張られて中に入る。

 受付カウンターに店員はおらず、俺は「……休みじゃないですか?」と恐る恐る言ったが、先輩は無言で俺を引っ張り、奥の方に連れて行った。


「……ここで、待ってて……」

 明らかに緊張した声。先輩は、404号室に俺を押し込み、鍵までかけた。

 ここで、俺はようやく異変に気がつく。

「……え……?」

 騙された? 俺。

 個室の中は、薄暗く、まともなカラオケ店ではなかった。画面が割れたテレビ、倒れた音響機器、真っ二つに割れたマイク。

 机にも、カピカピした物が付いており、俺はすぐに恐ろしくなった。

「……逃げないと……」

 掠れた悲鳴を上げた瞬間、ドアがガチャリと開く。

 ハっと振り返ったが、自分が入ったドアは開いていいない。

 開いたのは、テレビ台の横にあるドア。

 そこから、セーラー服を着た、金髪ポニーテールの女の子が入ってきたのだ。

 もはや、声すら出ない。

「……あの、料金……」

 酷く怯えていた。

「え、あ、え!?」

 目の前の事態に、俺は半分パニック状態になる。

 それを気にもとめず、女の子は「……料金」と、繰り返す。

 俺は咄嗟とっさにポケットから財布を取り出し、中に入れていた一万円札を差し出す。

「……一万五千円、です……」 

 女の子は震えた声で言ったが、とりあえず一万円札を取った。

 俺が急いで五千円も出すと、女の子は震える手でそれを取る。

「……はい、それでは、60分、コースで……」

「あ、あ、はいっ!」

「……うちは、基本、追加料金とかは、やって、ないので……」

「はいっ!」

「……なので、基本料金で、基本、最後まで、えっと……」

「はいっ!」

 俺は、女の子の話を全く聞いていなかった。ただ、「カラオケの受付だなっ!」と、頭の中で解釈していただけだった。

「……それじゃぁ、タイマー、タイマーを、セットしますね……」

 そう言うと、どこからかタイマーを出すわけでもなく、女の子は「はい、セットしました……」と言った。

「は、はいっ!」

 相変わらず頭が真っ白な俺だったが、女の子は構わず、目の前でスカートを下ろした──。


 俺は、鼻血を吹き出した。

 膝の力が抜け、床にへたり込む。俺の目の前には、白色のパンティがあった。

「……えっと、大丈夫ですか? ……まだ、これからですけど……」

 女の子は、俺に心配の眼差しを向けた。

「こっこここここここここここれっ!? どどどどういうことですかァ!? なんんで、こんんなことっ!?」

 腕で目で覆いながら、俺は絶叫に近い調子で問う。

 その瞬間、女の子の息遣いが、変わった。

 先ほどまで「ハァハァ」だったのが、「ハァ?」になった。

「……ここ、風俗店ですよ?」

「えっ?」

 俺は、唖然とした。

 目の前の女の子は、ただただ気不味きまずそうだった。


「いや、だから、ここは風俗店なんです。大人のお店なんですよ」

 先ほどとは打って変わって、冷静に俺を諭す女の子。

「……カラオケじゃ……、ないんですか……?」

 掠れた声の俺に、女の子は呆れたように言う。

「確かに、『カラオケ・ロボッツ』とは書いてありますけど。ここ、法的にアウトな店なので……」

 少し抑えめの声だが、その顔は楽しそうだった。

 本当に、先ほどとは別人のようだった。

「……ついでに、もっと話しちゃうんですけど、イイですか?」

「……ハイ……」

 もはや何をする気力も失ってしまった俺は、真っ白になっていた。

 だが、その時。

 女の子が、ワクワクした様子で何かを話そうとした、その瞬間。

 突如、世界が揺れた。

 そして、世界が、視界が、何もかもがグチャグチャに歪んでいく。

 その事象を認識した頃には、俺は──


「……え」

 ふと辺りを見回すと、カラオケ店の個室だった。

 そう、普通のカラオケ点の、個室だった。

 テレビ、音響機器、マイク。すべてが製品としての形を成している。照明もついていた。

「……え」

 先ほどの女の子も、目の前にいた。そして、呆然としている。

「──誰、ですか?」

 そのとき、扉を開けて入ってきていた者がいた。

 俺たちは、バッと後ろを振り返り、顎が外れた──。

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