第26話

 ドクンドクンと動機が激しくなり、悪寒が全身を駆け巡る。


(おかしい……やだ何これ……!))


「一葉さん?」


 一葉の異変を察して、保胤が一葉の傍に近づく。ふらついている身体を支えようとする。


「あ……! ち……近寄らないで……ッ」

「だけどこんなにフラフラしているのに……僕は別に何も変なことは……」


 以前一葉に迫ったことを思い出して拒否されているのかと思い、保胤は説明をした。しかし、一葉は保胤に恐怖を感じているからではない。


「違うんです……そうじゃなくて……! 今はダメなの……!」


 この感覚知ってる……睡眠薬じゃない……これは……


 一葉には見覚えがあった。一度だけ耐毒訓練の時に受けたものだ。に対してあまりにも耐性が無さ過ぎてすぐに中止になったが、しばらくあの感覚が抜けなくて苦しんだ。


「とにかく僕に掴まってください」

「あぅぅ……!」


 保胤に肩を抱かれて身体を震わせる。子犬の鳴き声のような声が自分の口から出ていることに、一葉は泣きたくなった。


(いやだ……“アレ”になるのはいや……)


 あの状態になると自分がまるで別人になったみたいに身体が言うことを聞かなくなる。


(お菓子に含まれたのは睡眠薬のはずなのに……どうしてこの薬が入ってるの……? もしかして間違えた? 失敗しちゃったの……?)

 

「ほら、僕に寄りかかって」

「あ……う……」


 悪寒がしているはずなのに保胤に触れられた部分だけが熱を帯びたように熱い。


「や……いや……ひとりにして……お願い……!」


 一葉は身体を捩って保胤から逃れようと必死でもがく。まだ理性が残っている内に彼から離れたかった。


「……ちょっと失礼」

「ひゃっ!」


 暴れる一葉の膝裏に腕を入れてひょいっと抱えた。


「お、下して……!」

「はいはい」


 抵抗する一葉を気に留めず書斎を出ると、保胤は自分の寝室へと運んだ。


「書斎からだと僕の部屋の方が近いから……許してください。症状が引いたらあなたの部屋に運びますから」


 安心させようと保胤は理由を話したが、一葉ははぁはぁと息を荒くするだけでもう返事をする余裕を失っていた。







 ――シュル、シュルシュル……シュルリ


 紐をほどく音がやけに響く。


 一葉を自分の寝室のベッドへと置くと、保胤は一葉が身に着けていたエプロンを外して、着物の帯を緩めた。襟の合わせ目に手をかけ首元を広げ呼吸がしやすいようにしてやる。


「一葉さん、水を持ってきます。少し待ってて」


 部屋を出ようとしたが、腰のあたりを引っ張られる感覚がした。


「あ……いか……行かないで……こわ……怖い……ッ」


 保胤のシャツの裾を掴んで一葉は泣いていた。瞳からぽろぽろと涙が零れる。頬を伝って、シーツにシミを作る。


「さっきまではひとりにして言ったと思ったら、今度は行くな。わがままですねぇ」

「うぅ……」


 保胤は苦笑した。一葉はますます涙が止まらなくなる。


「わがままで……素直な君はやっぱり魅力的だな。大丈夫、僕はここにいます」


 保胤はベッドに腰かけ、シャツを掴んでいる一葉の手に自分の手を重ねた。一葉の息はますます上がる。あくあくと口を動かして空気を求める。顔は高揚し、ちらりと小さな舌が覗く。


「……」


 ぎしりとベッドが軋む音が寝室に響く。腰かけていた保胤がベッドに乗り上げ、一葉に覆いかぶさるように見下ろしている。


「そのままじゃ辛いでしょう? 僕が楽にしてあげます」

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