第12話

「……あの」

「はい?」

「どうして私に結婚の申し込みをされたのですか? その……私たちは一度も会ったことがないのに」


 この縁談は本当に振ってわいたような話だった。


 半年前のことだ。突然、喜多治家に緒方の使いの者が現れた。『喜多治一葉殿への縁談の申し込み』という依頼状を持っていた。依頼状の文末には緒方家の家紋を記した捺印と共に“緒方保胤”と名前が書かれていた。


 縁談の申し込みがあった場合、普通はまずは見合いと形をとるのだが喜多治家にとっては断る理由のない良談。慶一郎はその日の内に了承の返事を出し、今日にいたるというスピード婚だったのだ。もちろん一葉にははなから何かを決める権利などない。


「会ったことならありますよ」

「ご、ごめんなさい、私ったら……!」


 思いもしない保胤の言葉に一葉は慌てる。

 いつの話だろうと頭の中の記憶をひっくり返す。確かに、慶一郎は事あるごとに自分を表舞台に出してきた。取引先の会社の食事会やお茶会など何かと顔を出させ、客人の持てなしをさせた。それは、慶一郎にとって一種の牽制でもあった。一葉の器量の良さを利用し、上流階級との縁談へ繋ごうという狙いだった。


 そして、実際にその話は舞い込んできた。緒方商会の次期社長との縁談が。


「一葉さんが覚えていないのも無理はありませんよ。僕の一目惚れですから」


 保胤は箸を置き、下を向いた状態でマスクを上げた。ストレートな言葉がこそばゆくて、今度は一葉が下を向いた。


「僕の方こそ不思議です。どうしてあなたが結婚の申し込みを受け入れてくださったのか」

「えっ?」

「ほら、僕はこういう奇妙なナリをしているでしょう? きっと気味悪がられるだろうと思っていました」


 マスクをつけた自分の顔を指さして保胤は笑う。自分に向けられた視線に気付き、一葉も顔を上げて彼に向き合った。


「一葉さんこそ、こんな男との縁談だなんて嫌ではありませんでしたか? 正直、お父様から承諾のお返事をいただいた時は驚きました。あなたならきっと他の方からもお申し込みがあったでしょうに」

「……父が決めたお相手と結婚するのが私の務めですから」


 言った後、しまったと一葉は後悔した。


 この時代、政略結婚など珍しくもなんともない。特に家業の規模が大きければ大きいほど利益優先で話が進み、結婚する当人同士に決定権などなく全て親が決める。幼少期から許嫁がいるなんて話も普通だからだ。


 だが、今の言い方ではまるで保胤自身を愚弄するような言い方だ。


「……ごめんなさい」

「何がです?」


 一葉の謝罪の言葉に保胤は両眉を上げる。


「私には結婚相手を自分で選べる立場にないという意味で言いましたが、今のは保胤様のご容姿を否定するような言い方でした。だから……」


 一葉は椅子から立ち上がり、保胤に向かって深々と頭を下げる。


「ごめんなさい」


 二人の間に沈黙が流れる。


「……本当に不思議な人だなぁ、君は」

 

 一葉は頭を上げると頬杖をついてこちらを見ている保胤と目が合う。


「ちょっとこっちへ来てくれませんか?」


 頬杖をつきながら保胤は反対の手で手招きする。一葉は素直に指示に従った。椅子に座っている保胤の傍に近寄る。


「あ、あの……?」


 保胤は黙ったまま一葉をじっと見つめる。その内、椅子の背もたれにもたれ掛かり、目線を動かして一葉の身体を見た。

 頭のてっぺんから顔、肩、胸、腕、太もも、ふくらはぎ、つま先と身体の部位をひとつひとつ検査でもしているかのように、保胤はじっくりと見回す。


「や、保胤様……?」

「着物を脱いでください」

「はい?」

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