届ける先のぬくもり

@mynameisai

第1話 いつもの日常

明日香はトラックのエンジン音を響かせながら、狭い山道を慎重に進んでいた。今朝出発した荷物は、小麦粉やバター、特注の木箱入りの道具たち。配送先は、この辺りで評判のパン屋「つきのや」。一度訪れたことがあるが、年配夫婦が営むその店は、どこか懐かしい温もりを感じさせる場所だった。


店に到着すると、小さな看板の横に立つ白髪の店主・鈴村さんが手を振っていた。


「いつもありがとう、村井さん!」


明日香は笑顔でトラックを停め、荷物を確認しながらパン屋に向かった。


店に入ると、奥から焼きたてのパンの香りが広がってきた。明日香が荷物を渡し終えると、鈴村さんの妻である静子さんが、小さな紙袋を手にやってきた。


「これ、ついさっき焼いたばかりなの。いつも遠くまで運んでくれるお礼よ。」


袋の中には、焼きたてのクルミパンが入っていた。明日香は恐縮しつつも、その好意をありがたく受け取った。


パンを頬張りながら短い休憩をとっていると、突然、店の奥から子どもの声が聞こえてきた。


「こんにちは!」


現れたのは、小学1年生くらいの女の子。聞けば、孫の里奈ちゃんだという。


「運転手さんってすごいね!トラックかっこいい!」


明日香は思わず笑みをこぼした。


「ありがとう。運転するのは大変だけど、こんなに素敵なパンを届けるのは楽しいのよ。」


その言葉に目を輝かせる里奈ちゃん。そして、静子さんが嬉しそうに付け加えた。


「里奈、村井さんのおかげでこのパンが遠くの人にも届くんだよ。」


明日香は、ただの運搬仕事ではない自分の役割を再認識し、胸が熱くなった。


その後、帰り際に里奈ちゃんが絵を描いた紙を手渡してくれた。そこには、トラックとパン、そして笑顔の明日香が描かれていた。


「また来てね!」


明日香はその絵を大切にトラックのダッシュボードに置き、再びエンジンをかけた。


山道を下る間、彼女の心はじんわりと温まっていた。届けるだけではなく、自分もたくさんの温もりをもらっている――そう実感した日だった。


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