第15話

 時は流れて早見先輩の言う頭脳労働を終えた頃。早見先輩が尋ねてきた。


「そういえば、あいつなんだが団体競技の練習に一切出てなくてな。世良町、あいつ体育祭もさぼるのか?」


 あいつというのは十中八九のことだろう。


「いや、多分出ると思いますよ。種目決めのために登校したってこの前言ってました」


「あいつがか?……なんか嫌な予感がするな」


「ははは、気のせいですよ。ははは」


「あいつって誰のこと?」


 空笑いしている僕と難しい顔をしている早水先輩に一人の女子生徒が問いかける。


 この人は小田先輩。僕も先ほど知り合ったばかりなのだが、今回我らが白軍の応援副団長をしている。熱血漢って雰囲気の応援団長の、気持ち先行しがちなところ上手くコントロールしている、よく言えばしっかり者、悪く言えば苦労人な先輩だ。早見先輩とは小学校くらいからの長い付き合いらしい。さっきいろいろあって、そのままこうして一緒に話している。


「何、ちょっと風紀委員も手を焼いている自由人がいるって話さ」


「へえ、あんたでも手を焼く奴なんだ」


 意外、と言った表情を浮かべる小田先輩。確かに、この人が手こずる相手ってあんまりイメージ湧かないよな……あいつ今どこにいるんだろうか?そう思ってグラウンドを一通り見渡してみると……目が合った。


「あ、いた」


「え?どこだ!?」


 思わずボソッとつぶやいた一言に反応する早見先輩。まあ、普段自由にさぼって風紀委員の注意も聞かないやつが馬鹿真面目に体育祭出てたら驚くよね。僕も今見るまで半信半疑だったところがある。……やめて、そんなに強く揺さぶらないで、脳みそがああああ。


「ふーん、どの子のこと?」


「今待機列に並んでいる子です……あ、今こっちに手振ってますね」


 小田先輩も話の流れから彼女を探す。今からの競技は……借り物競争か。なるほど、他の種目より楽だわな。個人戦で他者と関わる必要がないし、運要素が大きいから順位が悪くても文句を言われづらい。あの見た目なら、「貸してください」と一言いえば男女問わずイチコロだろうし。


「随分美人ね。あんな子、もっと有名でもおかしくないでしょうに」


「自由気ままに学校をサボるからそうもいかないんだよ」


 実際、彼女と違うクラスと思われる生徒の中には初めて彼女を見たという人もいたようで、露骨に驚いた表情を見せる人や、「誰あのかわいい子?」とひそひそ話し出す生徒、……ああ、すっかり心奪われちゃってる男子もいるなあ。


「そんなバカな……どれだけ言っても授業どころかイベントも面倒って休むやつだったのに……あれ本当に本人か?何かに取り憑かれてるんじゃないのか!?」


「落ち着きなよ由香里。はたから見たらあんたのがおかしいわよ」


 どうどう、と早見先輩をなだめる小田先輩。小田先輩みたいに彼女に対して事前知識のない人からすれば、美少女見て取り乱している早見先輩の方が変人に見えるのだから困ったものだ。もう彼女は早見先輩の天敵だな。……あ、こっち向いて笑った。悪い顔だなあ、僕をいじり倒すときの顔だよあれ。そんなに今の早見先輩が面白いのか。


 思えば僕は最近彼女と知り合ったばかりだが、早見先輩は2年生の時、つまり僕と彼女が1年生の時から風紀委員会所属で彼女に目をつけていたらしい。それすなわち、僕よりも彼女に振り回されている時間が長いということだ。腐れ縁などと言うと怒られるかもしれないので黙っておく僕、偉いぞ。


「これも世良町の影響か……」


「"も"って何ですか、"も"って。僕が彼女に与えた影響なんて1つもありませんよ」


 僕でなくとも、他人が彼女に影響を与えられるとは思わない。彼女は何というか、彼女自身の、独自の世界を持っているように感じる。むしろ、彼女と関わることで影響を受ける人間の方が多いはずだ。実際、僕もどちらかと言えば影響を受けた側の人間である。なお、その影響が良いものか悪いものかは判断しかねるし、その影響を受けるにあたって、様々な代償を払うことになるのだが。


『位置についてー』


 パン、という銃声とともに生徒たちが走り出す。去年は借り物競争はなかったと記憶しているので、今年からの新種目ということになる。早見先輩曰く、「3年生でやりたいっていう人が多くて、教師にお願いした」とのことだ。騎馬戦の復活といい、随分アクティブな先輩方である。……それにしても、早見先輩みたいに顔の広い人と交流があると様々な情報が入ってくるなあ。


 そんなことを考えながら借り物競争を眺める。借り物競争の借り物はスタート地点から少し離れたレーンの中央の箱から取り出した紙に書かれているようで、当たりはずれの差が生徒間の反応でよくわかる。「メガネ」「水筒」とかだと走るのに邪魔にならないし、他人からも借りやすいため当たりと言ってだろう。


『オーッと!紅軍の1年生でしょうか?箱から取り出した紙を見た瞬間、真っ赤になったぞー!いったい何が書かれていたのかー!?』


 一方で、このように顔を赤くする内容も含まれているようだ。しかもそこそこの頻度で。挙句の果てにそんな生徒を見つけ次第、放送部がこんな感じでアナウンスするのだから、生徒によってはたまったものではない。一応、そんな状況に配慮しているのか、時間を消費することで紙の引き直しもできるそうだが、初めの紙は結局箱の中に戻されるので他の生徒にしわ寄せが行くのである。……地獄みたいだな、おい。


 ちなみに、言うまでもなく後半になればなるほど紙の総数が減るので、そういった難易度の高いお題を引く確率は後の走者の方が高くなるのだが、後半の走者はそんな事まったく気にしていない様子。それもそのはずで、走者の順番は1年、2年、3年の順なのだ。さすが3年、提案しただけあって覚悟が決まっているということだろうか。そういえば、借り物競争のお題は全校生徒から募集されていたが、大方、顔が赤くなるようなものは3年生の案なのだろう。下級生巻き添えじゃん。


 そんなことを思っていると、一人のポニーテールちゃんがテントから一人の女子生徒の手を引いて飛び出してきた。お題は「クラスメイト」とかだろうか。


『おおっ!今回の走者で初めてのヒトお題です!誰か他者とゴールするヒトお題の際は、お題をマイクを通していってもらう決まりになっています!それではどうぞ!』


 なんだそのふざけた決まり。


『……はいっ、お題は一番大事な人です!』


 ポニーテールの女子生徒が若干顔を赤らめながら答える。するとすぐに会場から大きな拍手が引き起こされた。手を引かれてきたショートボブの女子生徒は顔をうつ向かせているものの、耳まで真っ赤なのがよく見える。


「ヒュー!いいぞいいぞ!」


「仲良くなー!」


「もっと百合百合しろぉ!」


 そんな二人を祝福するように会場のあちらこちらから声が飛ぶ。……いや、最後の奴はただの願望だろ。うるせえな。そういうのは心に秘めとけ。


 しかしこれ、新手の拷問か何かか?この女子二人組もそうだが、「私が一番じゃないんだ……」みたいに人間関係にひび入らない?大丈夫?女子って結構そういうのドロドロしてるって聞いたんだけど。


 しかし、そんな心配をしているのは僕だけなのか、小田先輩は拍手しているし、早見先輩は「ほう」と感心したような表情を浮かべている。……まあ、人前でこんなことをするくらいの仲なら大抵の困難は乗り切れるのかもしれない。僕は祝福の意を込めて、小田先輩に倣い拍手を送るのだった。


 あの印象的な百合カップル?の後も度々マイクを通してお題を言う生徒がいたものの、あまり派手な宣言はなかった。いいとこ、「異性のクラスメイト」とか、「他学年の生徒」とかである。さすがにあんまりインパクトの大きいお題ばかりだとずっとアクセル踏んでいるような状態になるから多少は選別されたのかもしれない。ある程度の緩急をつけることが、ここぞという時の盛り上がりを最大限に引き出すのに有効だしね。


 そうこうしている内に、僕の数少ない知り合いがスタート地点に並ぶ。見慣れない体操服の上からジャージを着ているのは日焼け対策だろうか。あ、あいつ紅いハチマキってことは敵なのか。


 ピストルの音とともに全走者が勢いよく飛び出す……意外なことに、彼女もしっかりと走っている。正直、歩いてもおかしくないと思っていたのだが、さすがに挙手制で選んだ種目、思うところはあったのかもしれない。


 お題入りのくじ箱の中に手を入れスッと一枚を取り出した彼女。いったい何を引いたのだろうか。そんなことを考えながら見ていると、彼女はこちらに視線を送ってきた。……え?なに?何事?そんな僕の内心を知ってか知らずか、彼女はこちらに向かって駆け寄ってくる。僕の前までたどり着いたかと思うと、彼女は僕に右手を差し出した。


「一緒に来てくれ」


「え、いや、ちょっ───」


 僕が言葉らしい言葉を吐くより早く、彼女は僕の手を引いて走り出す。このように引っ張られると、こけないように足はきちんと交互に出るのだから不思議なものである。いきなり手を握られたことに困惑と恥ずかしさを抱きつつ、彼女の後姿に呼びかける。


「行くのはいいけど、何のお題だよ」


「どうせマイクで言うんだからいいじゃない。ほらほらペース上げて。柄じゃないけど1位狙おう」


 仕方なく走るペースを彼女に合わせ、引っ張られていた状態から横並びの状態になる。それでも彼女は手を放そうとせず、はたから見れば手をつないで仲良く走っているようにしか見えないだろう。急に見たこともない美少女が体育祭に出ているかと思えば、これまた印象の薄い生徒と手をつないで走っている、多くの若き高校生の関心を引くには十分すぎる状況だ。好奇、興味、嫉妬、疑問、困惑、いろんな感情のいろんな視線が注がれ、心なしか頭がくらくらしてくる。


 少しずつ近づいてくるゴールテープ。そしてそのゴールテープ手前に「はいちょっと待ってねー」とさながら検問中の警察官のように前に出てくる生徒。マイクを通して高らかに告げる。


『さあ、最初に辿りついたのは紅軍の女子生徒!男子生徒を連れて来ています!つまりヒトお題ということです!ルールなので確認させて頂きましょう。あなたのお題は?』


 そして彼女に向かってマイクを差し出す。そのマイクにつられるように彼女に目を向けると……頬を赤くして俯いていた。

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