ハッピーエンド保証!ラブコメ短編集 お題があれば書きます! 学園モノ・異種婚・主従モノ・等々

大ミシマ

短編 先輩と後輩、小さな部室

 高校の部室棟には軽音学部といった人目に映りがちな部活だけでなく、文芸部という人目につかない部活も存在する。ひとりの空間が欲しい俺は廃部寸前の部活に目をつけ、ただ一人の新入部員となることでの部室を一人で独占することに成功していた。

 そう、昨年度までは。


「くそ、確認してこんなに試験範囲が多いとは知らなかった。このままでは期末は補修確定だ…っ」


「先輩、勉強すればいいと思うんですけど」


 ショートの黒髪をした女の子が俺に正論を吐いてくる。


「俺はこのカビ臭い小さな部室でのひと時を大切にしたいんだ。勉強で浪費したくは無い」


「…はあ、そうですか」


 そんな廃部寸前の部活に入ってきたのは俺だけではなかった。彼女は人間関係の希薄な俺を先輩などと言ってくるただひとりの酔狂な者だ。


「あとな、俺を先輩と云うのならもう少し敬意をもって接するべきだ」


「先輩みたいな何にもできないひとが、敬意を以て接してもらえると思っているんですか」


 うっ、確かに。


「だが年上にその物言いでは将来が心配だな」


「先輩みたいな公共物の部室を私有化しようとしていた不逞な犯罪者に将来を心配されるいわれはありません」


 すごいな。全部ほんとうだから何の反論も無い。


「耳が痛い」


「けど、期末のお手伝いくらいならできます。……だから………今週の土曜日空いてますか?私の家で勉強会くらいはしてあげす」


「それいいな。やろう」


 後輩の勉強会という助け船に食いつく俺はなんと情けない。


 唐突に部室を雨音が支配する。

 窓を向くと先ほどまでからっと晴れていた空から大粒の雨がこれでもかと降り出していた。


「天気予報では晴れだと聞いていたんだが、そろそろ下校時間なのに運が悪い」


「先輩の日頃の行いが悪いからでは?私まで巻き込まれました。どうしてくれるんです」


「くくく、突然の大雨ごときで俺は揺らいだりしない。こういう時のために去年の時点で傘を用意していた!」


「去年ということはつまり一本しか持ってきていないんですよね」


「まあな、だが別にお前が使うんだから問題ないだろ」


「⁈それはだめです。……一緒に帰るのは駄目ですか」

 ……

 …

 まさか後輩と相合傘で帰ることになるなんてな


「先輩」


「ん、なんだ」


「いつもはきついこと言ってますけど、こういう時の傘みたいに面倒見がいいし、頼りになるし——」


「はははっ、俺はしょせんビニール傘と同義というわけだ」


「そ、そういう訳じゃ」


「んじゃあ寒いし、この傘持って早く帰れよー」


 いつの間にか自宅前に着いていた。こいつの家は学校から見て俺の家より遠くにある。

 というか俺が寒い。後輩を傘に完全に入れるために俺がずれていたから左肩下全部ずぶ濡れだ。


「明日な」


「先輩っ」

 なにか呼ばれた気がしたが、俺はテキトウに腕を振って応じ、玄関のドアを閉じた。

 ……

 …

 最悪だ。まさか風邪をひいてしまうとは。しかもけっこう身体が重くてだるい。これは長引くかもな

 だがこれで期末テストの点数が悪くてもある程度の理由がつく。

 平日の学校を休むという心持ちは最高だが、体の状況は最悪な日々も二日目を迎えた。


 夕方、母親が来客を告げてきた。不思議と嬉しそうな声だったことが気になる。

 なんでも女の子だそうで……ん、女の子?


「あ、後輩」


 やばい連絡していなかった。というか連絡先知らなかったわ。俺は布団の中で頭を抱えた。これでも俺はあの部室の長なんだ。後輩に怒られるな


「やっべー」


「先輩入りますよ」


 うわっ、もう上がってきた。まずい全然部屋を片付けていない。元来俺は部屋に家族以外を入れたことが無いからな、ははは、泣けてきたぜ


 遠慮がちにドアが開けられた。入ってきた後輩も元気がなさそうに見えた。


「まず、その、風邪ひいてたって知らなくて」


「ああ、それは俺が悪かった。連絡先知らな——」


「先輩があの雨の時に私のために傘から出ていてくれたって私、知らなくてっ」


 だんだんと後輩の声音が湿っぽくなってきた。大きな目も少し赤い。


「気にすることじゃ——」


「先輩、私のこと嫌いになりました?」


「え、そんなことは——」


「だって、この前の部室で言いすぎたから先輩怒ったのかなって、それに手を振って“あっちいけ”って…」


「俺はそこまで短期じゃない。手を振ったのは、ほら早く帰った方が風邪ひかないぞーって、けっきょく言ってる俺が病人になったわけだが」


 俺は無理やり笑ってみせたが、風邪からくる頭痛のせいでうまく口角が上がらない。


「頭痛いんですか」


「いや……正直痛い」


「今日私は看病に来たんです。任せてください」


 そう言って後輩はなにやら準備を始めた。

 …

 しばらくすると後輩はお米のいい匂いのする小鍋を運んできた。

 俺の母親から台所を貸してもらったそうだが、家の台所でできたものとは思えないような見事な卵とじのお粥がそこにあった。

「先輩食べれますか?」


「さすがに自分で食べれるよ」


「……そうですか」

 俺はお粥を口に入れる。美味い。しかも丁度いい温度になっている。

「ありがとうな」


「あの、先輩」


「うん。どうした後輩」


「その先輩後輩やめませんか。できれば名前で呼び合いたいんです」


 俺はここで断るほど性悪でも鈍感でも無い。


 学校に復帰してから、なんとなく部室の温度が上がりがちになった。

 置いてある傘は今でも一本だ。



 Happy End

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