第8話 新たな訪問者




朝になり、僕は薄暗い部屋で目を覚ました。昨夜、廃墟から命からがら逃げ出し、自宅に戻ることができたものの、完全に安心することはできなかった。


テレビでは、依然として“アルス”の指名手配が報じられている。金髪ブロンドの長髪に金色の目、天使の輪のような装飾――あの姿は明らかに目立つ。僕自身とは異なる外見だが、変身した時のあの姿が、世間では危険な存在として認識されているのだ。


「七夕四郎としては生きられても、アルスは逃げられない…。」


ふと足元を見ると、犬が小さく丸まって眠っていた。その寝顔を見ていると、胸が締め付けられる。


「この子のためなら、僕は何でもする。だけど…これからどうなるんだ?」



「それが、お前の疑問か?」


突然、頭の中に響くアルスの声。その声にはいつもの冷静さが宿っている。


「アルス…。どうすればいい?この子を守り続ける方法なんてあるのか?」


「ある。だが覚悟がいる。」アルスの声は重々しい。「この犬が犯した罪は、憤怒による破壊だ。たとえ本人に悪意がなくても、人間の目から見れば許されるものではない。」


「でも、この子は純粋だ。ただ家族を守りたかっただけなんだ…!」


「そうだ。だが純粋であるがゆえに、アダムスたちに怒りを利用された。それが悪魔のやり方だ。」


アルスの声が鋭くなる。


「お前は、この犬を一生匿い続ける覚悟を持て。お前が守らなければ、誰もこの純粋さを信じることはないだろう。」


僕は言葉を失い、犬の小さな体を見つめた。眠る彼の顔は、傷つけられることを恐れているようにも見える。


「一生…匿う…。それが、僕の役目なのか。」


塚田制服店:新入社員の登場


その日の昼、僕はいつものように塚田制服店に出勤した。犬のことが気になりながらも、普段通り振る舞うしかなかった。


「おはようございます。」


「あ、おはようございます!」同僚の美奈さんが元気よく挨拶を返してくる。「七夕さん、今日から新しい人が来るんですよ。楽しみですね。」


「新しい人?」僕は少し驚いて尋ねた。


「ええ、採用が決まったんです。デザイン経験が豊富だって店長も言ってましたよ。」


数分後、店長が若い男性を連れてやってきた。赤髪を短く整えた長身の男で、鋭い瞳が印象的だった。


「今日から一緒に働くことになった加藤慎吾さんだ。」


「加藤です。よろしくお願いします。」彼は柔らかい笑みを浮かべ、礼儀正しく頭を下げた。


どこか落ち着いた雰囲気と、自信に満ちた態度。僕はその姿に何となく違和感を覚えつつも、同僚として手を差し出した。


「七夕四郎です。こちらこそ、よろしくお願いします。」


加藤は手を握り返し、目を細めて笑った。


「よろしく、七夕さん。」


その握力の強さに、なぜか胸の奥がざわついた。


仕事を終え、自宅で犬と過ごしていた夜のことだった。不意に玄関のドアがノックされた。


「どなたですか?」恐る恐るドアを開けると、そこには蛇塚刑事が立っていた。灰色のスーツを着こなし、煙草の匂いが微かに漂う。


「やっと見つけましたよ、七夕さん。」


その言葉に背筋が凍る。蛇塚の鋭い目が、僕の動揺を見逃すはずもなかった。


「あなたが、まだあの犬を匿っていることは分かっています。引き渡さないなら罪状を作ってでも逮捕するつもりだ。」


僕は必死に説明を始めた。


「あの犬はサタージャだったかもしれません。でも、今はもう普通の犬です!彼は悪いことをしようと思ったわけじゃない。ただ家族を守ろうとしただけなんです!」


蛇塚は少し考え込むような表情を見せた後、口を開いた。


「嘘か本当かは、さておき…。私に協力しませんか?」


「協力…?」


「そうだ。私はあなたにバディになってもらいたい。正直、犬の保護については私も上に報告するつもりはない。ただし、その代わりにあなたにも条件がある。」


蛇塚は懐から一枚の書類を取り出した。


「今の姿だと目立ちすぎる。変装してヒーローマンとして登録しろ。そして、私の指示に従え。」


僕はその言葉に驚き、目を見開いた。


「ヒーローマンに…登録?」


「そうだ。今の状況を打開するには、それしかない。正体不明のままでは、いつか追い詰められるぞ。」


蛇塚の言葉には説得力があった。それでも、簡単に答えを出せる話ではなかった。


「少しだけ、考えさせてください。」


蛇塚はそれ以上追及せず、帰り際にこう付け加えた。


「君が決断するのを待っているよ、バディ。」


悩む夜


一人になった部屋で、僕は犬を見つめながら深く考え込んだ。蛇塚の提案は危険だが、今の状況を変える一歩になるかもしれない。


「君を守るためには、僕も変わらなきゃいけないのかもな…。」


犬は小さく鳴いて、僕の足元に頭を寄せた。その小さな仕草に、僕は少しだけ覚悟が固まるのを感じた。


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