第6話 7つの大罪人の一人!?憤怒のサタージャ「レイヴァン」





荘厳な礼拝堂。純白の祭壇が光を反射し、一見すると神聖な空間に見えるが、その空気は不吉な気配に包まれている。


白い司祭の装束を纏ったシャーレが、静かに十字架を掲げる。その隣に立つのは、赤髪をなびかせたアダムス。古代ローマの戦士を彷彿とさせる甲冑に包まれた彼は、冷たい眼差しで祭壇を見つめていた。


「レイヴァンの憤怒は、ただの本能ではない。」アダムスが静かに言う。


「知っているとも。その怒りが人間に向けられているのは好都合だ。」シャーレが冷たく微笑んだ。「あの獣が暴れれば、街は混乱に陥るだろう。」


「だが、憤怒に形を与えたのは俺ではなく、白い猫だ。」アダムスは静かに炎の中を見つめる。その炎の向こうに、赤黒い光に包まれた四足獣――レイヴァンの姿が揺れていた。


⭐︎⭐︎⭐︎



突然、街は轟音とともに赤黒い炎に包まれた。巨大な四足獣――レイヴァンが、道路を引き裂き、建物を破壊しながら進んでいく。その巨体を包む赤黒い炎は、周囲のものを焼き尽くし、無差別に破壊を繰り返している。


「グルオオオオッ!」


咆哮とともに炎が広がり、人々が逃げ惑う中、ヒーローマンたちが駆けつける。


「くそっ、こいつは…!」


しかし、レイヴァンの力の前に、次々とヒーローマンたちは倒れていく。その様子を見た僕は、剣を構えながら炎の中に飛び込んだ。



僕が炎の中心にたどり着いた瞬間、レイヴァンがその巨体を揺らして僕を睨みつけた。その赤い瞳には、怒りと悲しみが交錯している。


「グルルルル…!」


次の瞬間、レイヴァンが突進してきた。その動きの速さに圧倒されながらも、僕は剣を振って何とか防御を試みる。しかし、その一撃の重さに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「くっ…なんて力だ…!」


炎を吐き出しながら迫るレイヴァン。その攻撃をかわしつつも、剣の攻撃は外殻に弾かれ、ダメージを与えることができない。


「どうすれば…!」




疲労が体を支配し始めた頃、僕の頭の中にアルスの声が響いた。


「七夕、力を貸すだけではこの戦いに勝てない。お前が知るべきだ――レイヴァンが何者なのかを。」


「何者って…ただのサタージャじゃないのか!?」


「その目を見ろ。その瞳の奥にある感情を。」


僕はアルスの言葉に従い、レイヴァンの赤い瞳をじっと見つめた。すると、視界が歪み、犬の記憶が流れ込んでくる――。




記憶の中に現れたのは、一匹の野良犬だった。彼は路地裏で数匹の野良猫たちと暮らしていた。その中でも特に仲が良かったのは、白い毛並みを持つ猫だ。


犬にとって、猫たちは「家族」だった。白い猫は冷静で聡明、群れを束ねていた。一方で、いつも犬のそばに寄り添い、互いに励まし合って生きていた。


だが、ある日、人間たちが現れた。保健所の網が猫たちを次々と捕らえていく。その中には白い猫もいた。



人間たちに怯え木陰に隠れた彼だけが無事だった。



その夜、傷だらけでうずくまっていた犬とチワワの前に、白い猫が再び現れた。だが、以前の彼女とはどこか雰囲気が違う。その瞳には、人間に対する憎悪と疲労が浮かんでいた。


「どうして…戻ってきたんだ?」犬がかすれた声で尋ねた。


白い猫はそっと犬に寄り添い、静かに言った。


「お前には生き抜く力が必要だ。」


彼女が差し出したのは、赤い光を放つ液体――アダムスの血だった。その場には、赤髪の男、アダムスの姿が影の中に隠れている。


「これは…?」


「アダムス様の血だ。」白い猫は冷静に語る。「これを飲めば、お前は力を手に入れられる。この残酷な世界で、二度と奪われないための力を。」


犬は一瞬迷ったが、目の前に浮かぶ家族の記憶が、彼を赤黒い炎へと誘った。


「……連れていくな。カゾクを、連れていくな!」


血を舐めた瞬間、彼はその体を赤黒い炎に包まれ、巨大な四足獣――レイヴァンへと変貌を遂げた。そのそばで、哀しみを抱えたチワワが彼をじっと見上げていた。




記憶から戻った僕は、レイヴァンの目にあるものを理解した。


「家族を守りたかったんだな…。でも、その怒りが全部を壊している。」


「七夕、剣を使え。その憤怒を、光で包み込め。」


アルスの声に背中を押され、僕は剣を構えた。青白い光が剣を包み込み、さらに強く輝き始める。


「守るんだ…誰も、傷つけさせない!」


僕は渾身の力を込めて剣を振り下ろした。その一撃がレイヴァンの体を貫き、全身を光が包む。赤黒い炎が消え、巨大な体が徐々に縮んでいく。


そしてそこに残っていたのは――傷ついたチワワだった。



チワワは血を垂らしながら小さく震えていた。その瞳には深い哀しみが宿り、僕の胸を締め付ける。


「ごめん…ごめんね!」僕は剣を地面に置き、すぐに膝をついて犬を抱き上げた。その軽さが切なく、胸が痛む。


「アルス…この子を助ける方法はないのか?」


「方法はある。」アルスの声は冷たく響く。「だが、それをすることで、彼がこの先背負う運命がさらに重くなるかもしれない。」


「そんなことは関係ない。この子を見捨てるなんてできない。頼むよ、アルス!」


「ならば、その覚悟を見せる事だ。」


その言葉に応じるように、僕の中から熱い光が湧き上がった。周囲が青白い光に包まれ、その輝きは傷ついた犬を優しく包み込む。


犬の震えが少しずつ収まり、その小さな体が温かさを取り戻していく。僕はそっと犬を抱きながら誓った。


「絶対に守る。誰が相手でも、この子を渡すわけにはいかない。」



その時、空から強いライトが降り注ぎ、ヘリコプターの音が周囲に響き渡る。地上では警察車両が道路を封鎖し、盾を構えた隊員たちが取り囲んでいた。


「その場を動くな!手を上げろ!」拡声器を通じた声が響く。


僕は抱きかかえた犬を見つめながら、必死に叫んだ。


「この子はもう戦う力なんて残ってない!ただの犬だ!」


だが、隊員たちは動じない。前方に立つ指揮官らしき警官が冷たく言い放った。


「お前がどう言おうと、その犬はサタージャだ。正体不明の能力者が守っているというだけで、十分危険だ。」


「違う…!僕は、僕はただ――!」


言い返そうとする僕の言葉を遮るように、警官が銃を構えた。


「お前の正体も不明だ。我々には確認する術がない。手を上げてその場を離れろ!」



その瞬間、僕の体の中から再び熱が湧き上がる。視界が眩い光で覆われ、気づいた時には僕の体はアルスの姿になっていた。


「なんだあれは…!」警官たちがざわめき始める。


長いナイトロングコートに金色の百合の紋章、ボロボロの紙でできた天使のような翼――アルスの姿となった僕は、静かに剣を手に立ち上がった。


「この子を渡すわけにはいかない。」


「逃がすな!確保しろ!」


警官たちが突進してくる中、僕は剣を振り、光の刃で警官たちの進行を阻んだ。決して命を奪うことはないように配慮しながら、彼らを翻弄していく。




警官たちを一時的に足止めし、僕は犬を抱えたままその場を後にした。路地裏へと駆け込み、狭い道を次々と抜けていく。背後では追手の声がどんどん近づいてくる。


「アルスと名乗る能力者を指名手配しろ!奴は非常に危険だ!」


その声が耳に届き、僕は歯を食いしばる。


「危険な存在って…違う!僕はただこの子を守りたいだけなのに…!」


抱きしめた犬は静かで、その小さな心臓の鼓動が僕の手に伝わってくる。


「大丈夫だ。絶対に守るから。」




丘の上でその光景を見下ろすヘーゼル・ルシフェルが、微笑を浮かべる。


「ふふ、犬の憤怒は面白いわね。それをのけるとは大したもの。でもね七夕四郎、その子は、もうこの世にいてはいけない存在よ。誰からも愛されないわ。」


隣で黙っていたアダムスが低く呟いた。


「七夕四郎、あの犬を助けたことを後悔しろ。」



「ただ逃げるだけでは何も変えられない。彼がそのことに気づく時が来るだろう。」



街の隅にある廃墟へとたどり着き、僕はようやく足を止めた。犬をそっと地面に下ろし、荒い息を整える。


「もう少し…もう少しで安全な場所に行ける。」


犬は僕をじっと見つめ、静かに一声鳴いた。その目には、どこか感謝の色が宿っているように見えた。


僕は剣を握りしめながら、改めて誓った。


「僕は正体不明のままでいい。この子を守れるなら、それでいいんだ。」





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