第4話 追う影、追われる光



蛇塚刑事と別れた後、僕はしばらくその場を動けずにいた。変身が解けた今、自分の体が重く感じる。先ほどまでの異様な力の感覚と、戦いの興奮が嘘のように静まり返っていた。


「これが…僕の新しい現実なのか。」


自嘲気味に呟くと、ふらつく足で店へと戻る。体だけでなく、心も疲弊していた。



店に戻ると、美奈さんが駆け寄ってきた。


「七夕さん!どこに行ってたんですか?さっきの騒ぎで心配したんですよ。」


「ああ、ごめん。ちょっと外の様子を見てただけで…。」


「見てただけって、危ないじゃないですか!最近あの『サタージャ』とか、能力者の事件が多いんですから。」


美奈さんの声は本気で心配しているようだった。だけど僕は、それ以上何も言えなかった。今の僕がどんな力を持っているかなんて、到底話せることじゃない。


「気をつけますよ。ありがとう。」


そう返すと、美奈さんは少しだけホッとしたような顔を見せた。




その日の仕事は、ほとんど手につかなかった。パソコンに向かって制服のデザインを描き直そうとするが、頭の中では先ほどの戦闘や蛇塚刑事の言葉がぐるぐると渦を巻いている。


「ヒーローマンの記録には、お前のような存在は載っていない。」


あの言葉がどうしても頭から離れない。ヒーローマンたちは、政府の認定を受けた能力者の集団だと聞いたことがある。だが、僕は誰からも認定されていない。ただ突然力を得ただけの存在だ。


「僕は…何者なんだ?」


そんな疑問に答えてくれる者は、今の僕にはいない。



夜、自宅に戻る途中、何かがおかしいことに気づいた。いつもなら静かな住宅街が、今日はやけに暗く感じる。街灯の光がぼんやりとして、どこか不自然だった。


その理由に気づくのは、ほんの一瞬後のことだった。


「グルルル…」


背後から聞こえた低いうなり声に、僕は振り返る。そこには、先ほど倒したサタージャに似た怪物が立っていた。だが、さっきの怪物よりも一回り小さい。その代わり、その赤い瞳には凶暴な光が宿っていた。


「…なんで、また?」


逃げるべきか、戦うべきか。迷う間もなく、怪物は牙を剥いて突進してきた。


「くそっ!」


僕は再び胸の奥から湧き上がる熱を感じた。次の瞬間、青白い光が全身を包み込む。そして気づけば、またしても僕は「アルス」として変身していた。


「また…これか。」


そう呟くと、怪物に向けて構えを取る。手にした光の剣が淡い輝きを放ち、闇を少しずつ押し返していく。


新たな敵との戦い


怪物の動きは速かった。小柄な分、さっきのサタージャよりも機敏だ。何度も爪の攻撃をかわしながら、僕は反撃の隙を伺った。


「くるな!」


剣を振るい、怪物の肩口に一撃を加える。だが、今度の敵はしぶとい。肩から黒い煙を上げながらも、再び僕に襲いかかってくる。


「こいつ、しつこいな…!」


何度も攻撃をかわし、剣を振るうが、一撃で倒れる気配がない。焦りが募る中、僕は一瞬の隙を突かれて背中に鋭い爪を受けた。


「ぐっ…!」


痛みが全身を走る。だが、倒れている暇はない。怪物はさらに追い打ちをかけようとする。


「やられるわけにはいかないんだよ!」


全身の力を振り絞り、剣を突き出した。その光は怪物の体を貫き、ついにその動きを止めた。


「…終わったか?」


怪物は黒い煙となり、やがて消えていった。剣を握り締めたまま、僕は膝をつく。全身が鉛のように重い。



「相変わらず派手にやるな、お前は。」


突然、冷たい声が響いた。顔を上げると、そこには蛇塚刑事が立っていた。いつの間に現れたのか、静かにこちらを見下ろしている。


「お前、やっぱりただの一般人じゃないな。さっきの怪物を倒したのはお前だろ?」


「……」


僕は何も答えられなかった。変身が解ける気配もなく、アルスの姿のままだったからだ。


蛇塚はため息をつき、煙草に火をつけた。


「ヒーローマンの記録に、お前みたいな存在は載っていない。これがどういうことか、説明してもらいたいもんだな。」


「……いや、僕も、よくわからないんだ。」


おどおどと答える僕を見て、蛇塚は薄く笑った。


「まあいい。今日はここまでにしておこう。だが、これ以上騒ぎを起こすなら、その時は容赦しないからな。」


彼は背を向けると、呆れたように頭を振った。


「お前みたいな奴が、ヒーローなのか、それとも…ヴィランになるのか。見極めさせてもらう。」


そう言い残し、蛇塚は闇の中へと消えていった。




蛇塚が去った後、僕はようやく変身が解けた。全身の疲労が一気に押し寄せる。


「僕は…本当にヒーローなのか?」


答えの出ない問いを抱えたまま、僕は夜道を歩き出した。


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