6 感謝こらえて
――令和六年。
母、秋山幸子は令和六年十月二十八日に入院先の病院で死亡が確認され、意識不明のまま二年以上もがんばってくれましたが、医師の短いお言葉、「ご臨終です」で全てが終わった。
母の人生は坂道のようだったが、これからは安らかになるのだろうか。苦しいとも辛いとも叫べずに終わってしまった。自宅で学校へいきたくなくて休んでいる娘も心配していることと思い、外廊下へ出て私から電話をかけた。
「
「……え? 秋山のおばあちゃんが」
娘のすすり泣く声を可哀そうに思ったが、私が泣いてはいけないんだ。子どもの前で弱音は駄目だ。自分の背後にある霊的存在が命令していた。「駄目よ。泣いたら」と。
「ママは沢山泣いていいんだよ……。ママは……」
娘の優しさが胸の冷え切ったところをあたためてくれた。母のご遺体は、業者の方が名刺を切って、霊安室がない病院なので、直ぐに提携しているセレモニーセンターへと運ばれた。その後、善が思ったのか式場は地元のセレモニーホールへと変更される。
――令和六年十一月三十一日早朝七時より。
儀式として、お通夜のないものだった。仏教ではなく神式だ。弟にメッセージで訊くと、『神道式の一日葬儀』というものらしい。弟が
私は、神様も仏様もいないと断定している。生半可な学びや読書の質ではないんだ。
亀野の家では、信心というものが強い。新興宗教でどぶ板に片足を突っ込んでいる。だから、それは反対したかったが、生憎、生前母も嫌っていたので新興宗教の方にはならなかったのだろう。
お棺にある懐かしい母の顔が、闘病中よりも生前の健康な日々を想い出させた。前日の納棺式にて化粧をされ、羽ばたく前の綺麗な白鳥のようだ。皆様でお花を涙ながらに入れた。
「お母さんは、花よりも美しく咲いているね。私にとって、たった一人のお母さんだよ。子どもの頃から優しかったお母さん。東北にも幾度かきてくれたね」
急に司会進行の方に、「最期に一言」と言われ、喪主の父はごにょごにょと呟いた。終わってしまうの? 終わっては駄目です! 本当にこれがお別れなら――! 私は棺の中の旅支度をした母へ心を傾けた。
「待って……」
ああ、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん……。本当のお別れなのですか?
「……お、お母さん」
待って、お母さん。これでお別れだなんて、私はお別れだなんて。後ろ髪を引かれるでしょう? 一言を、一言かけなければ!
「あ……」
すうっと喉を流れたのは、あの河原で吸った澄んだ呼気だった。
「ありがとうございました……!」
私は産まれたときから、両親が例え
「終わった……」
ほつほつと涙腺は緩まなかった。空虚だ。ここにいた秋山、旧姓亀野幸子は、人生の内、純生を産んでから苦しかったのではないか。それとも、名前の通り、幸せであってくれたらなと、願ってやまない。
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