46 包囲網
「先生、さすがにナメ過ぎだぜ!」
「二日なんていらない! ここで終わらせて、僕が級長になってやる!」
先陣を切ったのはアーキス。二番手がヨハン。
とは言っても、訓練生たちは皆マティアを取り囲むようにして陣取っていたので、飛び込んだ順番などほとんど誤差ではあるのだが。
「全員で襲い掛かり、とにかく先手必勝で捕まえる。誰が勝者となるかはわからないにしても、まあこの状況なら妥当な選択だな」
四方八方から向かってくる教え子たちを前にしても、マティアは落ち着いたものだ。
「だが諸君らは、こんなに多勢で一人を襲った経験などないだろう? 慣れないことはするものではないよ」
そう呟いて、
「なあ? アンネロッテ=イー=フローレンス!」
「え?」
力強く踏み込んで距離を詰めたかと思えば、遠慮がちに飛び込んでいたアンネロッテめがけて、訓練用の剣の柄をトン、と軽く小突いた。
「君はやはり、少し優しすぎるな。腰が入っていない」
「きゃあっ!」
強打されたわけでもないのに、アンネロッテは後方に跳ね除けられていた。
「あ、アンネロッテ!?」
「人のことを気にしている場合かな? コルツ=アルバート」
すぐ隣にいた身体の大きいコルツには、もう少し強い力で同じく柄を押し出した。
「ぐえっ! ひ、ひいいぃ!」
蛙の潰れたような声が吹き出て、コルツも後ろに吹っ飛ばされた。
「っの、役立たずども! てめえら時間稼ぎにも――」
「それは君も同じだ、アーキス=ローランド」
「あ? はっ……!?」
二人を押し退けたことで前方の道は拓けたのに、マティアはあえて遠回りをすると、今度は斜め右方向に移動していた。
そしてさらに頑丈なアーキスに対しては、いよいよ剣身をもって強力な突きをお見舞いしたのである。
「が、はっ!」
コルツと同じか、それ以上の勢いでアーキスも弾き飛ばされていた。
そのまま次々と他の訓練生たちを薙ぎ倒し、
「とりあえず、君で最後にしておこう! リッツ=パドガヤル!」
そこで初めて、ガキン、と剣のぶつかり合う音がした。
「ぐっ、この! させるか!」
「ほう、受けたか。さすがにザイール先生を師と仰ぐだけのことはある」
「そいつは、どうも!」
振り下ろされた一撃は、重みだけならザイールと同じかそれ以上だ。手に痺れも感じるところだが、ここで打ち負けるわけにはいかない。
しかし先ほど施された防護の法術が効いているのか、受けた衝撃の割には痛みも、反動も少なかった。
「【
「うわっ!?」
突然訓練場の床が隆起して、リッツは足をすくわれてひっくり返った。
だが直前に気付いたのか女教導師はすでに距離を取って、訓練生集団の輪の中から離脱していた。
ところで、マティアは魔道使いではない。
ならばこの術は――
「まったくあなた方は……もう少し頭を捻ってくださいます? 真正面からバカ正直にぶつかって、これはマティア先生を捕まえる遊びでしょう?」
高飛車な推薦訓練生ロザミーが、薄茶色の長い髪をかき上げながら魔術書片手に呆れている様子だった。
どうやら彼女は最初から飛びかからず、一歩引いた位置取りで構えていたらしい。
「ふふ。その通りだ、ロザミー=フォン=ラインバック。持てるすべてを出し尽くし、私を捕まえてみるがいい」
すでに出口付近まで移動していたマティアは、それだけ言い終えると訓練場から走り去ってしまった。
「ほらみなさい! 先生に逃げられてしまったではありませんか!」
などと憤るロザミー。
「……どうやら、ナメていたのは僕らの方だったみたいだね」
剣戟からは逃れていたのか、まだ立っていたアスベルが肩をすくめて自嘲した。
彼も言うように、圧倒的に有利な状況だと高を括って油断していたのは、むしろ自分たち訓練生だった。
本気で立ち向かわねば届かない。
いや、本気だったとしても届くかどうか、だ。
「……私の術は痛みを和らげるものだ。効力も、二日間保証しよう」
苦戦に打ちのめされる教え子たち。その一部始終を見ていた教導師、アマルガンが助言を与えつつ、
「それでも、最悪気絶はあり得るぞ……もっとも、すでにマティアの剣を受けた者ならわかることだろうが……」
最後にそう付け加えていた。
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